10章 Gisell III -深い眠り-

ERには、ひっきりなしに救急車がやって来ていた。
「エドに……、電話して来る。こんな事になって、あいつに黙っておくわけにもいかないだろう」
「……そうね」
壁にかかった時計は、午前1時半を指している。パトリックは外に出ると、エドの携帯に電話をした。しばらく呼び出し音が鳴った後、エドが出た。
「俺だ。パトリック。すまない、こんな時間に」
『ああ、まだ起きていたから、大丈夫だよ』
「エド、すぐにこれから言う病院に来てくれるか?」
『病院?』
「ああ……、実はローラが……」パトリックがそこまで言うと、エドは彼の言葉を遮って
『彼女に何かあったのか?怪我でも?』と聞いた。
パトリックは、少し躊躇ってから
「……薬を、薬を飲んだんだ。……大量に」と答えた。
少しの沈黙の後、
『……それで、彼女は?』と聞いたエドの声が、少し震えているのが分かった。
「今、処置中だ。すぐに来い。N病院だ」
そう言うとパトリックは電話を切り、アンの待つ待合室へ戻った。やがて、レイの処置を担当したドクターが現れると、2人は弾かれるようにして立ち上がり彼に駆け寄った。
「ローラは?ローラは大丈夫なんですか?」
「手首の傷は浅かったので心配ありませんが、薬をかなり飲んでいましたので……。今夜が峠です。それを乗り越えれば、数日で意識は戻るはずです」
「そんな……」
アンが絶句するように言った。
「彼女には会えるんですか?」パトリックが聞いた。
「ええ、こちらです」
彼が案内しようとすると
「アン、俺はエドを待つから行っていてくれ」と言った。
「分かったわ。ローラの様子を見たら戻るわ」
そう言うとアンはドクターに案内されて病室に向かった。
それからしばらくすると、エドが慌てた様子で病院にやって来た。手櫛で整えただけの無造作な髪に、慌てて着替えたという感じのデニムパンツとセーターで、それまでパトリックが知っているエドとは、随分と違う印象だった。
「エド」
「パトリック……、レイは……」
「大丈夫だ。……ただ、今は昏睡状態だ。今夜が峠だって」
「……そんな」
エドは言葉をなくして椅子に座り込んだ。
「今夜を乗り切れば、数日で意識は戻るだろうって」
パトリックは、立ったまま黙ってエドを見つめた。
「薬を飲んだって……、レイは……」
「……ローラがあんなに思い詰めていると知っていれば、すぐにでもお前と会わせたのに、俺は……。エド、すまない。こんなことになったのは俺のせいだ」
パトリックは自分を責めるようにして言った。
「パトリック、君のせいじゃない」
「ローラは、の心はもう限界だったんだ……、だから……」
そう言ってパトリックは声を詰まらせた。
「僕があの時、彼女のそばにいればこんな事にはならなかった。だから、パトリック、君のせいじゃない」
静かにエドが言った。
「パトリック」
アンが小走りに彼らに近づいて来た。彼女はエドを見ると
「あなたが……、あなたがローラの?」と聞いた。
「ああ、彼がエドだ。エド、こいつはアン、俺のパートナー」
エドは立ち上がると、気が気ではない表情を浮かべたまま軽く会釈をした。
「さあ、彼女はこっちよ。眠っているけど」
病室に入ると、青白い顔のレイが眠っていた。
「レイ……」
エドは絶句するように言うと、ゆっくりと彼女のベッドに近づいた。そして、そっと髪を撫でしばらくレイをじっと見つめたままでいた。
やがて、彼の目からぽたりと涙がこぼれた。
「こんな事になるなんて……。あの時、僕が君のそばにいさえすれば……」
パトリックとアンは少し離れたところから、やりきれない表情でエドの姿を見守っていた。エドは眠っているレイの額にキスをすると、
「君のそばを離れない。一生、君のそばにいる……。だから、もう二度とこんな事をしないでくれ……。お願いだ……」と声を震わせた。
パトリックは、ゆっくりとエドに近づくと
「もう、二度と彼女を離すな。こんな彼女をもう見たくない。彼女が目を覚ましたら君のアパートに連れて帰るんだ」と言った。 レイは、翌日もその翌日も目を覚まさなかった。その間、エドは仕事を休んでずっと彼女についていたが、3日目、レイを心配しながら先延ばしにしていたボストンへ発った。