11章 ノエル 5 -煌めきの向こう-

11章 ノエル

chapter11

乾杯が終わると、皆、思い思いに談笑したり用意された料理や飲み物を楽しみ始めた。レイとエドもツリーの下に包みを置くと、皆と楽しげに話しをしたりしている。普段とは違ってフォーマルな雰囲気なので、いつもはふざけている彼らも少しばかり立ち居振る舞いもフォーマルだ。

安紗美は、目の前の風景にくらくらしそうだった。友達の結婚式に何度か出た事はあったが、その雰囲気とは全く違っていた。それは今まで、自分が見た事のない世界だ。
タキシードとイブニングドレスの風景は、外国映画のパーティーシーンそのものだった。そして、自分がそこで酷く浮いている事も感じていた。

いつもノーメイクで、レッスン着に上着を羽織っただけでウロウロしているレイを『美人だけれどお洒落じゃない』と思っていたが、今日の彼女は別人だと思った。

まるで、レッドカーペットの女優のようだ。

誰かが、話しかけて来たが、英語だったので安紗美にはよく理解でず、思わず、下を向いて黙り込んでしまった。話しかけた相手は、仕方なさそうに「楽しんで」と言ってその場を離れていった。

アーロンたちと話しながら、視界の片隅で彼女の様子を見ていたジェイが安紗美に近づくと、日本語で話しかけた。
「シャレなのよ。今日のドレスコード。ブラック・タイって準礼装よ。まあ、いわゆるフォーマルね。みんな外国人で、それなりの地位にいる人が殆どでね。なかなか日本じゃ、こんな雰囲気のパーティーは楽しめないから。今日はダンスもしちゃうわよ。あなたも楽しんでね。」
そう言うとジェイはアーロンに向かって言った。
「アーロン、ダンスよ。ワルツはある?」

すると、皆がどっと笑った。誰かが「ワルツだって。誰か踊れるか?」と笑いながら言う。

「エド、レイ、あなたたち踊れるでしょ?」

皆と一緒に笑っていたレイは、突然、名指しされ
「ジェイ、こっちのダンスはダメよ!」と首を振った。
「僕もダンスなんて無理だよ!」エドも焦ったように言った。
「何言ってるの、踊れるでしょ!」
ジェイに押し出されるようにして、店の奥の中央へ2人は移動させられた。レイはエドの手を取ると、仕方なさそうに

「観念して踊るしかなさそうね。……もう何年も踊っていないのよ、こういうの。足を踏んじゃうかも」と言った。
「大丈夫だよ。……多分、ね」
少し、不安そうにエドが笑った。周りからは、はやし立てるように拍手が起こった。

「……本番の舞台より緊張するわ」
諦めたように言うと、レイは深呼吸した。ジェイの合図で音楽が流れると、2人は滑らかにステップを踏み出した。

それはとても優雅で美しかった。

思わず皆からどよめきが起きる。レイは、エドが意外にもダンスが上手な事に驚いた。もっとも、自信がなければ踊らないだろうし、彼が名門貴族出身と言う事を思えば、彼がワルツを踊れる事はそう不思議な事でもなかった。

安紗美はただ圧倒されるようにその風景を眺めているだけだった。ジェイが安紗美にケーキの乗った皿を渡しながら言う。

「あなたの事は知っているのよ。夢中なんですってね、彼に」
「……でも、振られたわ。彼は瀧澤さんと付き合っているもの」
安紗美は憮然として答えた。

「でも、……諦められない、私……」

「気持ちは分かるわ。……でも、諦めなくっちゃダメよ」

ジェイがそう言うと、安紗美は少し涙目になりながらジェイを見ると
「どうして?どうして諦めなくちゃいけないの?こんなに好きなのに!」と訴えるように言った。

ジェイは、ふう、とため息をつくと踊っているレイとエドの方を見て言った。
「どうしてか?彼らを見れば分かるでしょう?あの二人はね、とても深く愛し合っているのよ」

「……」

そう言われて、安紗美は何も言い返せなかった。
「ね、あなたは若くて、とっても可愛いわ。あなたにはあなたに似合う人がいるの。それはエドじゃない。もう、自分でそれは分かっているはずよ」
とジェイが諭すように優しい声で言った。

ワルツが終わり、皆の拍手が起こった。2人は少しおどけながら、軽くレベランスをした。エドは、恥ずかしそうな表情で、周りの人たちと言葉を交わしている。
アーロンが、再びジャズアレンジされたクリスマスソングを流し始めると、皆が思い思いに踊ったり、談笑を始めた。
安紗美は、親密そうな仕草で話す2人を見ている。
「可哀想だけど、あなたに入り込む余地はないわ。もうこれ以上傷つかないで」
そう言ってジェイは安紗美から離れた。

安紗美は、しばらく2人を見ていたが、立ち上がると、コートを自分で取り、店を出て行った。

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