14章 冬空 3 -怒りと悲しみ-

14章 冬空

chapter14

「やあ、ジェイ。しばらく」
エドは上着を脱ぐと、ジェイのすぐ前、千夏とひとつ間を空けたスツールに腰掛けた。

「……随分、お疲れみたいね」
ジェイがそう言いながら、彼の前にグラスを置いた。
「色々とね……」
「ひどく振り回されているらしいわね。自称婚約者に」
少し皮肉っぽくジェイが言うと、エドは「かなりね」と苦笑いした。
「大丈夫なの?」
千夏が隣から口を挟んだ。
「僕がイギリスに行かない限り、あちらにはどうにもできないよ。ただ……」
「ただ?」
千夏とジェイが同時に聞いた。
「精神的にね……、僕もレイも。父やアメリアが何をしてくるのか、考えただけでぞっとする。精神的に追い詰めて、僕らを別れさせるつもりなのかも」
うんざりしたようにエドが言った。

「ねえ、一体そのクリスティって、どんな女なの?」
ジェイが苦々しい表情で聞いた。

「小さい頃から知っている幼馴染、というべきか……。僕よりも10歳年下で、昔から僕を兄のように慕ってくれていて。僕にとっては妹のような存在だった」
「で、その“妹”は、あなたと結婚したがっているってわけね」
「僕の意思など、お構いなしにね。末っ子で我侭に育てられたんだよ」
「でも、あなたは彼女を邪険にできない、だから余計に困っているのよね?できるだけ彼女を傷つけずに自分を諦めてもらおうって思うから」
ジェイが推測するように言った。

「そうだね……。できるだけ彼女を傷つけたくはないと思う」

エドがそう答えると、千夏が少し苛立たしげに
「でも、誰も傷つかない恋愛なんてないわ。あなたがクリスティを傷つけまいとすればする程、レイが傷つくのよ」
と言うと、隣のエドをまっすぐ見て言葉を続けた。
「クリスティみたいなタイプはね、あなたが思うほど傷つきやしないわ。自分の思い通りにならなくて駄々をこねてる子供と同じよ。欲しいおもちゃの前で駄々をこねて泣き喚いているね。……そう言う子ってね、恐ろしいくらい自己中心的よ。自分の思い通りにするには手段を選ばないし、自分が傷つかないためには、平気で人を傷つけて笑ってるわ」

「ちょっとナツ、言いすぎよ」
ジェイがなだめるように言うと、千夏は目を見開いて、怒りをにじませた。

「言い過ぎ?私が言い過ぎなら、あの女は何?!彼女、クレイジーだわ!レイを追い詰めて、侮辱して!ねえエド、彼女がレイに何を言ったか知っているの?!どこの馬の骨だか知れないって、そういったのよ!その上、小切手を渡してあなたと別れろって……!」
早口でまくし立てるように言うと、エドは驚いた表情で

「ちょっと待って。小切手って……、クリスティが?」と聞いた。

「さっき言いかけた“最悪なの”って、そのことなの?」とジェイが言った。
「ええそう、彼女、わざわざ日本にまで来たのよ」
千夏は、吐き捨てるよう言うと、目の前のグラスに残っているビールを一気に飲んだ。そして、空になったグラスを置くと、それを見たまま言った。

「小切手に誰のサインがしてあったと思う?……あなたのお父様のよ。レイが言っていたわ、私の存在は誰からも祝福されないって。あなたまで不幸にするかもしれないって。……どんな気持ちであの子がそう言ったのか、想像できる?どれほどクリスティが彼女を追い詰めているのか、わかる?」

千夏は涙目になりながら、エドに詰め寄った。

「ナツ、もういいでしょう?エドだって大変なのよ」

「レイを、泣かさないでよ……!」
そう言うと、千夏は黙り込んだ。

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14章 冬空

Posted by Marisa