11章 So far so close -希望-

翌日の午後、再びパトリックが病院を訪ねると、担当医が慌てた様子でパトリックを呼び止めた。
「バークレーさんを見ていませんか?」
顔色を変えて聞く彼に、パトリックは不安な表情をしながら
「いや……、今来たところで……、彼女に何か?」と聞き返した。
「姿が、見えないんです。ほんの少し目を離した隙に……」
「まさか……」
パトリックの表情が凍り付いた。次の瞬間、彼は弾かれたようにその場から駆け出した。
「ローラ!」
通りに出ると、足早にイーストリバーの方へ向かった。そして間もなく、カーディガンを羽織っただけの姿でふらふらと歩くレイの姿を見つけた。
「ローラ!おい、ローラ!」
パトリックが駆け寄って彼女の腕を取ると、レイは虚ろな表情でパトリックを見た。
「……パトリック、……どうして?」
「どうしてって?……ローラ、どこへ行くつもりなんだ?!病院を抜け出して」
レイはパトリックの問いには答えず、遠いところを見る様にすると
「手を……、手を離して。行かなきゃ……、私……」と呟くように言った。
「おい、ローラ!しっかりしろよ!どこへ行くって言うんだ」
強い口調でパトリックが言うと、レイは寂しげな表情でクスリと笑った。
「お願いよ、パトリック。……もう私を解放して、この痛みから……。限界なの、もう頑張れない……」
そう言うと、レイの瞳から涙がこぼれ落ちた。パトリックは自分の着ていたコートを脱ぎ、それで包むようにしてレイを抱き寄せた。
「……ダメだ!あいつは、エドは君を迎えに来る、だから……」
レイは、パトリックの腕から逃れるように、力なく抵抗しながら
「いいの、もういいの……」と声を軋ませた。
やがて、病院のスタッフたちが彼らの姿を見つけると、慌てて駆け寄って来た。
病室に戻されたレイは、ぼんやりとベッドに腰掛けていた。医師は鎮静剤を打って眠らせようとしたが、パトリックが断固としてそれを拒否した。
パトリックは深くため息をつくと、レイを見た。生きる気力を失くし、泣きはらした瞳は虚ろで、ただぼんやりと目の前の空間を眺めている。
こんな彼女を、エドに見せたくはなかった。
病室のドアをノックする音が聞こえると、アンが濡らしたタオルを持って入って来た。
「さあローラ、顔を拭いて」
タオルを差し出すと、レイは黙ってそれを受け取った。アンはレイの隣に腰を下ろすと、そっと彼女の肩を抱き
「大丈夫よ、ローラ。もうあなたは辛い思いをしなくてもいいのよ」と優しい声で言った。
レイには、何が大丈夫なのかも、何を根拠に『辛い思いをしなくてもいい』と言うのか理解出来なかった。
アンはしばらくレイを抱きしめるようにしていたが、やがてそっと腰を上げると 「パトリック、私は買い物に出て来るから、ローラをお願い」と言って、部屋を出て行った。