12章 Forever and ever -帰る場所-

ドアをノックする音のあと、パトリックが遠慮がちに
「いいか?」と言いながら、ドアを開けた。
エドは、腕を緩めるとレイの肩を抱き寄せたまま、パトリックの方を向いた。
「ああ、大丈夫だよ」
「……そろそろ、時間だ」
パトリックの言葉に、レイが肩を一瞬びくりとさせた。
「わかった」
エドが短く答えると、レイが小さな呟くような声で
「……嫌よ」と言った。
「レイ?」
エドが心配そうに腕の中の彼女を見ると、レイは怯えた表情でエドを見上げて、もう一度「嫌……!」と言葉を繰り返した。
レイの肩が微かに震えている。今にも泣き出しそうなその表情は、彼がロンドンに立つ朝に見た彼女の表情と同じだった。
「……嫌よ。私を1人にしないで。行っては嫌」
エドはレイを抱きしめると、彼女に言い聞かせるように
「君を1人にはしない、君を残して行きはしないよ」と言った。
それでも、レイはうわごとの様に「行っては嫌……」と繰り返した。ドアを半分開けたままで様子を見ていたパトリックは、遠慮がちに部屋に入ってくると
「ローラ、君も一緒に行くんだ。だから、もう泣くな」と言って、レイのコートをベッドに置いた。
「エド、ローラを頼むよ。しばらくは不安定だと思うけど、すぐに良くなる」
「ああ、わかった」
エドはそう答えながら、上着のポケットからハンカチを取り出すと
「ほらレイ、君を残しては行かないから、もう泣かないで」と彼女の顔の涙をそっと拭った。
再びノックをする音がすると、アンが小さな袋を持ってやって来た。
「ローラの薬よ。必要ないかもしれないけど、念のためにって。ここに入れておくわね」
そう言ってアンは、レイの物をまとめた小さなバッグにそれを入れた。
「……アン、私、退院するの?」
「ええ、そうよ。家に帰れるのよ」
「……家に?」
レイが当惑するように言うと、パトリックが
「ブロードウェイの部屋は引き払ったよ。君が眠っている間に。だから君が帰るのは、エドのアパートだ」と言った。
レイは、何を言っているのか理解できないと言う表情でパトリックの方を見た。
「ローラ、君はもうエドとずっと一緒なんだよ。1人じゃない」
ゆっくりと、はっきりとした声でパトリックが言った。アンが、ベッドの上に置かれたコートを取って
「さあ、コートを着るのよ」とそれを広げた。
レイは、自分の置かれた状況がよく分からないまま、コートに袖を通した。