6章 Wish I could -甘い痛み-

6章 Wish I could

chapter2-6

何の消息も掴めないまま、季節は秋になろうとしていた。

エドは客先からオフィスに戻ると、パソコンの電源を入れ、カバンの中の資料をデスクの上にどさりと置いた。数件のメールを確認して、返信を送ると、エドは視線をディスプレイから窓の外に移した。美しく晴れた空の下に、色づき始めたセントラルパークの木々が広がっている。

「レイ、君はどこにいるんだ?」
そう呟くと、小さくため息をついた。

ケニーもダンサー仲間に当たってくれているが、なんの情報もつかめていない。日本にいるジェイや千夏の元にも何の連絡もないと言う。

「僕は、君を忘れるべきなのか?君は、もう僕の事など忘れてしまったのか?」

諦めにも似た気持ちが、エドの頭をよぎった。ニューヨークに来れば、彼女を見つけられると信じて疑わなかった気持ちが、少しずつ揺らぎ始めていた。もう彼女を探し出す事は無理なのではないか、と。

エドは疲れたように息を吐くと、メーラーの画面を見た。受信トレイの“Spam”と名前の付けられたフォルダには、何通もの未読メールがたまっている。それは、メールサーバがスパムと判別したメールを振り分けているフォルダだった。ごく稀に、必要なメールがスパムと判別される時があるので、直接削除せずに、確認してから削除するようにしていたのだった。

エドは、もう何ヶ月もこのフォルダの中をチェックするのを忘れていたことを思い出すと、2週間前までの件名と送信者を確認した後、何の躊躇いもなく、そのフォルダの中身をすべて削除した。

1週間以上前のメールに返信していなければ、クライアントから連絡があるはずだと思ったからだ。それに、重要な事をメールだけで連絡を済ませるなどありえなかった。

しかし、彼が削除したメールの中には、数ヶ月前にジェイから送信されたものがいくつか混ざっていた。それは、レイの手がかりになる事を知らせたメールで、ABTにいた頃に使っていた名前や、住んでいた場所、よく行っていたという場所を知らせたメールだった。

ノックの音が聞こえると、サラが書類と郵便物の束を持って入って来た。

「N社の調査資料と郵便物、注文した本も届いてます。それと午後の打ち合わせは2時からに変更して欲しいと連絡が」

サラはそう言いながら、資料と郵便物をデスクに置くと
「コーヒーでもお持ちしましょうか?疲れた顔をしてますよ」と言った。
「いや、いいよ。ありがとう」
「そうですか?飲みたくなったらいつでも言ってください」
そう言ってにこりと笑うと、サラは部屋を出て行った。

彼女は時々、レイに似た笑顔を向ける。その度に、エドの胸はズキリと痛むと同時に、心の奥で甘く切ない気持ちを感じていた。

自分のデスクに戻ったサラは、少し心配そうにエドのオフィスを見た。半分だけ開けられたブラインドの向こうには、デスクの写真に目をやる彼の姿が見える。いつも寂しそうな表情で、それを見つめている姿が、サラの目にはとても切なく映り、気がかりだった。

彼が時々、自分の姿を透かして別の誰かを見ている事にも、何となく気付いていた。そんな時の彼の目は、とても切なく悲しい色をしていた。多分、自分の向こうに見ているのは、婚約者の彼女なのだろう。

自分の意思とは関係のないところで、恋人を日本に残して来なければならない理由があったのだろうか?とサラは思った。 確かにサラは、エドに対して淡い恋心を持ってはいたが、積極的に何か行動を起こそうとは、露ほども思っていなかった。なぜなら、彼に対する気持ちは、仕事のモチベーションを上げるためのスパイスと捉えていたからだ。仕事の場、特に上司にはそれ以上の感情は持ち込まないのがサラの信条だった。

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