7章 Traces -希望-

2人は、その足で数ブロック離れたBDSのスタジオへ向かった。バタバタと2人が入って来ると、受付のアビーが
「あら、お二人さん、忘れ物?」と、明るく声をかけた。
「いや違うよ。ちょっと聞きたい事があって……」
少し息を切らせるようにしてエドが言った。
「何かしら?」
「ここの講師にローラと言う人がいると思うんだけど……。4年位前までABTで踊っていた」と聞いた。
「ローラ?ローラ・バークレー?ええ、いるわよ」
エドとケニーはその言葉に、顔を見合わせてうなずいた。
「確か、彼女は夕方のエレメンタリークラスの担当だよね?」
確認するようにエドが聞いた。
「ええ。でも、残念ながら今週から彼女のクラスは全部代講よ」
「代講?」
「ええ、彼女は休暇中。11月いっぱい代講よ。……何よ、あなたたちも彼女目当て?あのクラスじゃ目立ちすぎるわよ」
アビーが冗談交じりに言った。
「……じゃあ、ここには来ないと言う事?」
「残念ながら、そう言う事になるわね。」
アビーがあっさりと答えると、エドは落胆したように肩を落とした。ケニーは、そんなエドの様子を横目でチラリと見ると
「彼女の連絡先はわからない?」と聞いた。
すると、アビーは困ったように
「申し訳ないけど、個人的な事は教えらない決まりなの。実際、彼女の連絡先を聞きたがる人は他にもいるのよ」と言った。
「でもこいつは、彼女の恋人で……、だから、教えてもらえないかな?」
ケニーが懇願するように言ったが、アビーは
「本人が教えていない事を教えるわけにはいかないわ。いくら恋人でも。……大体、恋人が彼女の連絡先も知らないって方がおかしいと思うんだけど、どうかしら?」と少し呆れながら言った。
「……ケニー、ありがとう。もう、いいよ」
「いいって、お前……!ずっと彼女を捜していたんだろう?!」
ケニーが少し興奮気味に言うと、エドは彼をなだめるように
「12月になれば、彼女はまたここで教えるんだ。それが分かっただけで十分だよ」と言った。
ダウンタウンの稽古場へ向かう途中に、レイの携帯電話が鳴った。
「ローラ?私、受付のアビーよ。今話してもいい?」
「ええ、大丈夫よ」
「さっき、あなたの連絡先を教えて欲しいって人が来たんだけど……」
「えっ?」
「いつもプロクラスを受けている2人組なんだけど、知り合い?ケニーと……、もう一人、名前は分からないんだけど……」
「教えたの?」
「まさか!教えるわけないでしょ?舞台の事も言わなかったわ。……ただ、ケニーじゃない方の彼が、あなたの恋人だって言うから気になって電話したのよ。ずっと喧嘩中の恋人でもいるんじゃないかって」
「恋人?」
レイが少しドキリとしながら答えた。プロクラスを受けているなら、現役のダンサーだろう。まさか、アレックではないだろうし、エドはダンス――ましてやクラシックバレエとは無縁だ。第一、彼はイギリスか日本にいるはずで、アメリカに戻ったとしても、本社のあるボストンにいるはずだ。
「いつも土曜の午前中のクラスを受けてる人達よ。知らない?」
「……さあ?自分のクラス以外あまり知らないし、残念ながらダンサーの恋人もいないわ」
「そう、じゃあいいんだけど。……でも、勿体ないわね。2人ともいい男なのに!」
アビーが電話の向こうで残念そうに言った。