8章 Patlic -はじまり-

ニューヨーク公演3日目の夕方、パトリックは仲間のダンサー3人とラナのテラス席にいた。今日は出番もなく代役として控える必要も無い、オフのダンサーたちだ。
「昨日の舞台は大成功だったな」
「ああ、本当に。お前が彼女をパートナーにって連れてきた時はどうなるかと思ったよ。だって、彼女は全く無名のダンサーだったんだから」
「そうそう、ABTの元ソリストって言われてもね。彼女の踊りを見るまで、彼女が本当に真ん中を踊れるなんて誰も思わなかったもの」
パトリックは、口々に言う仲間に呆れ顔をすると
「おいおい、みんな本当にそんな風に思ってたのか?」と言った。
「だから、最初だけだよ。リハーサルで彼女の踊りを見たら、そんな考えは吹っ飛んだ」
「で、パトリック、彼女はうちに来るのか?」
「いや、まだはっきりとした返事はもらっていないよ」
「私、彼女に来て欲しいわ。もっと彼女の踊りが見たいもの。バレエ教師なんてもったいないわ。彼女は、舞台に立つべきよ」
「まあ、でもこれから分からないぞ。見ただろ?今朝の舞台評」
「ああ、確かに。これからNYで彼女は舞台に立つ機会があるかもしれない。彼女、ABTではプリマ候補だったんだろ?ABTに戻る可能性だってあるよ」
「だから彼女はうちに来ないの?」
皆が口々に言うと、パトリックは“待った待った”と言う仕草をしながら
「それは違うよ。第一、まだ断られたわけじゃない。ローラは考えさせてくれと言っただけだ」と言った。
「……明日も踊ることになったんだろう?彼女」
「ああ、リュシーの体調があまり良くなくて、今日彼女が頼んだんだよ」
そう答えながら、パトリックはチラリと壁の時計を見ると
「おっと、時間だ。俺はそろそろ行かなきゃ」と言って立ち上がった。
「何だ、パトリック、本当に行くのか?今日はせっかくのオフなのに」
仲間の一人が呆れたように言った。
「ああ、もちろん。じっとしてると気持ち悪いし、お前が言っていたダンサーも見てみたい」
「STEP IN の話か?」別の仲間が言った。
「ああ。パトリックはそのダンサーに興味津々なのさ」
にやりと笑って仲間が答えると、パトリックはバッグを肩にかけ
「じゃあな、明日は最終日だ。お前たちも少しは体を動かしておけよ!」
と言い残して店を出た。
パトリックはSTEP IN の受付を済ませると、2階のロッカールームに向かった。
(驚くような奴がいるって、本当なのか?)
そう思いながら、パトリックは上着を脱いだ。同僚のダンサーが、ここのクラスを受けた時に、プロ並のアマチュアダンサーを見かけたと言うので、興味半分で来てみたのだった。