8章 Patlic -再会-

着替えを済ませ、スタジオに入ると十数名のダンサーが思い思いにウォーミングアップをしていた。
(……知った顔は、いないな)
パトリックはスタジオの中をぐるりと見回すと、床に座って身体をほぐし始めた。しばらくすると、背の高いブルネットの男がスタジオに入って来た。パトリックは視界の隅で彼を捉えた。
(どこかで、見た事があるような……)と思ったが、どうにも思い出せない。
ブルネットの男は、顔馴染みと思われるダンサーと短い言葉を交わしながらストレッチを始めた。同僚が言っていたのも、ブルネットで長身の男だが、まさか彼ではあるまい、と思った。
完璧なスタイルに、柔軟な身体。彼はどこからどう見たってプロのダンサーに見えた。
やがて、講師とピアニストがスタジオにやってくると、バーレッスンが始まった。
パトリックは、ブルネットの男が気になって仕方がなかった。どこかで会ったはずなのに思い出せないからだった。
一体、どの舞台で一緒だったのか……。
(……ロイヤル出身か?)
彼の動きを見てパトリックは思った。そして、その時だった。不意にパトリックの視線とブルネットの男の視線があった。
すると、彼はわずかに驚いた表情をした。その瞬間、パトリックは彼が何者なのかを思い出した。
(……あいつ、ローラの!)
パトリックも驚きの表情を返す。エドは、少し決まりが悪そうに、軽く会釈した。
(エド、なのか?本当に?ここはNYだぞ?!いや、それよりあいつが踊るなんて聞いてないぞ?!おいおい、どうなっているんだ一体……)
そんな事を考えながら、振りを間違えて、我に返った。確かジェイが、『バレエに詳しいみたい』と言ってはいたが、本人が踊るなど聞いていない。しかも、彼の踊りはプロのダンサーの中にあっても決して見劣りすることのないレベルだ。
「驚いたな、君とNYで会うなんて!しかもこんなところで」
クラスを終え、ロッカールームに向かいながらパトリックが言った。
「いつから、やっていたんだ?」
「子供の頃に、少し……」
エドが答えると、パトリックは
「おいおい、少し、じゃないだろう?あれだけ踊れて。一体どういう事だ?」と聞いた。
「RBSで中等部まで……。それからは趣味でずっと」
「RBSだって?!どうして途中でやめたんだ」
目を丸くしながらパトリックが聞くと、エドは
「色々と……、ね」と曖昧に答えた。
「もったいないね。そこらへんのコールドよりずっと上手いのに」
パトリックはため息混じりに言いながら、ロッカールームへ続くドアを開けた。
「……パトリック、君に聞きたい事があるんだけど」
エドの問いに、パトリックは少し沈黙した後、ロッカーを開けながら
「ローラの、……いや、レイのことか?」と言った。
「彼女は……」
エドがそう言いかけると、パトリックはその言葉を遮るようにして
「……今更、どうしようと言うんだ」と、彼を見据えるようにした。
そして、黙って視線を外すと、無造作に上着を脱ぎシャワールームへ入っていった。
しばらくしてパトリックがシャワールームから出て来ると、着替えを終えたエドが、ロッカールームの隅に置かれた椅子に腰掛けていた。
(あいつ、仕事帰りに来たのか?ここでスーツなんて浮きまくりだな)
パトリックはそんなことを思いながら、彼を一瞥すると黙って着替えを始めた。そして着替えを終え、大きなバッグを肩にかけると 「おい、エド。時間はあるだろう?つきあえよ」と言った。