5章 Lauren 3 -エドの想い-

もうひとつのジゼルの物語-東京編-,5章 Lauren

Chapter5 Lauren

ジェイが、冷凍庫を開けようと手を伸ばした時、カウンターの内側に置かれていたジェイの携帯電話がコールした。ジェイはチラリと携帯電話を見ると

「誰よ、今日はもう業務終了よ」と言いながら、仕方なさそうに電話に出た。

短いやり取りをしてジェイは電話を切ると、少し複雑な表情でレイのほうを見た。

「……エド。これから来るって」
その言葉に、レイは目を見開いた。
「彼に頼んでおいたものがあったんだけど、そこまで来てるから、届けてくれるって。……どうする?レイ」
「どうするって……、どうするもこうするもないわよ!帰る、帰るわ!」

レイは慌てて、手にしていたタオルをバッグに仕舞うと、席を立った。
「ジェイ、ありがとう。またくるわ」

そう言って、慌しく店のドアノブに手をかけ、少し乱暴に開けると、そこには驚いた表情の嶋田が立っていた。

その瞬間、レイの心臓は止まりそうになった。目が合ったが、レイは即座に目をそらし、視線を合わせずに会釈すると「失礼」といって彼の横を滑り出た。嶋田は振り返り、彼女の後ろ姿を目で追った。

「ああ、エド、ごめんなさい」

彼は、ジェイの声で我に返った。
「今のは、デジタル・ウェーブの……」
「そう。瀧澤レイ。知ってるの?」
「ああ、一度挨拶したきりだけど……」
そう言いながらエドは扉を閉めると店の中に進んだ。

「彼女も、ここに?」
「もちろん。私の妹みたいなものよ、あの子は」
「へえ、驚いたな。君の知り合いだったのか……」
「ごめんなさいね、無礼者で。今日は色々あってね。ちょっと凹んでたのよ彼女」
「無礼だなんて。驚かせたのは僕の方だよ」
彼はそう言いながら、持っていた紙袋をウンターの上に置いた。
「これ、頼まれていた物」
「まあ、ありがとう!ごめんなさいね。出張なのにこんな物頼んじゃって」
紙袋の中には、色とりどりの化粧品の箱が入っていた。
「デパートで買えるからお易い御用だよ。もっとも君のメモが無いと僕には何が何だか分からないけど」

ジェイは棚からグレンフィディックのボトルを取ると
「お礼に1杯飲んで行ってよ。少しは時間あるでしょ?」と言った。
「じゃあ……」

エドはカウンターのスツールに腰を下ろした。

「ところで、彼女は……」
「レイのこと?」
ジェイはグラスをカウンターに置きながら言った。
「今日は、店は休みなのにどうして?」
「私が呼んだの。言ったでしょ?妹みたいなものだって」
「妹、ね……」
「何よ、気になるの?あの子の事」
「いや、別に……」
「ああ、そうね。あなたには可愛い彼女がいるんだったわねぇ。どうしていいか分からない、なんて言っていたくせに、上手くやったじゃない」

ジェイがニヤリと笑った。

「えっ?」

「とぼけなくてもいいのよ。聞いたわよ、あそこの立川って若い子といい感じだって」
「どうしてそんな話が……」

エドは思いがけない話に面食らった表情で言った。

「で、本当なの?それ」
「まさか!本当も何も……。どうしてそんな話に……」
「レイが言っていたわよ。あなたとその子が仲良くカフェでランチしてたって」
「……仲良くだなんて。僕がいた席に、勝手に彼女が来ただけだよ」
困惑しながらエドが言った。
「あら、そうなの?……そうよね、どう考えたってあなたのタイプじゃないわよねぇ。媚びた感じの女は」
「ジェイ……、どうしてそんな事を瀧澤さんが?」
「会社で噂になってるんですってよ、あなたとその子が」
「……」

エドは二の句が告げない様子でいたが、やがて小さくため息をつくと

「……なんだか、頭痛がしてきたよ」と言って片方のこめかみを押さえた。

「で、本命は誰なのよ」
「えっ……」
「あなたが一目惚れした相手は誰なのかって聞いてるの。あの会社の人なの?それとも他の?」

ジェイは質問を重ねた。

「いや、だから一目惚れとか、そんなんじゃないよ。君の知っている人とは限らないし……」
彼は曖昧に答えると、もう勘弁してくれ、という表情をした。
「それはそうだけど、あなたの想う相手ってどんな人なのかしらって」
ジェイの質問に、エドは諦めたようにため息をつくと
「……残念ながら、まだよく知らないんだ、本当に。話す機会もないしね」と少し寂しそうに答えた。
「そのよく知らない彼女は、美人よね、きっと。あなたが一目惚れするくらいですものねぇ」
「ジェイ、僕は決して彼女の外見に惹かれたわけじゃ……。そりゃ、確かに彼女は綺麗だと思うけど……」
「あら?でも、どんな人かよく知らないのに、外見じゃなかったらどこに惹かれたって言うの?」
「だから、それが自分でも分からない」
まるで自分自身に呆れたようにエドが答えた。

「あ~ら、そういうのを運命の相手って言うんじゃないの?よくテレビで電撃結婚した女優さんとかが言ってるじゃない?ひと目で“この人だ”と思ったって。そういうのじゃないの?」

ジェイがからかう様に言うと、エドは
「それ程じゃないけど、確かにあの時の気持ちは、それに近いものはあるかも知れないね」と素直にジェイの言葉を認めた。

ジェイは、レイの気持ちを思うと、心がズキリと痛んだ。また、悲しい顔をしている彼女を見なければならないのか、と。

「エド、少しは積極的にならないとダメよ。そんな相手ならなおさらね」
「ああ、そうだね」
エドは、自分自身に言い聞かせるように静かに答えた。

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