6章 Edward 4 -動揺-

もうひとつのジゼルの物語-東京編-,6章 Edward

Chapter6

レイはカウンター席のスツールに腰を下ろし、ジェイはいつものようにカウンターの中に入った。

「……確かにそうね。あなたのお母さんは婚約者のある身であなたのお父さんと恋に落ちた」

ジェイはそう言いながら、キャビネットからグラスを2つ取り出し氷を入れた。そして棚からジャック・ダニエルのボトルをとるとグラスに注ぎ、そのひとつをレイの前に差し出した。

「仕方のないことだわ。それが恋ってものよ。あなたは、お母さんに家同士の都合で決めた、愛してもいない相手と結婚すべきだったと?」
「そんなことは……」
「私が最初に、彼はイギリス人で、オークリッジ家の人だって、そういえば絶対に彼を好きにならなかった?無理でしょ?それに、あなたはひと目で彼に惹かれた。どうしようもなかった、そうでしょ?……理屈じゃないのよ。恋は」

レイは黙ったまま、グラスの中の氷に視線を落とした。

ジェイは、小さくため息つくと言葉を続けた。
「彼の家や名前と恋愛するわけじゃないでしょ?それに……」
「もういいのよ、ジェイ」
レイは彼の言葉を遮ると、諦めたように言った。
「もういいの。最初から、自分の気持ちが報われるなんて思ってやしないし……。これで、きっぱり諦められるわ」
そう言葉を続けると、それきり黙り込んだ。

レイが目の前のグラスを軽くゆすると、カラカラと軽い氷の音がした。

「……そんなに簡単に諦めてしまえる気持ちなの?」ジェイが聞いたが、
レイは、グラスの氷を眺めたまま、何も答えない。“オークリッジ”と言う名は、彼が立川安紗美と付き合っていると言う噂を聞いた時以上に、レイの心を波立たせた。

(あまりにも出来すぎていて、悪い冗談としか思えないわ、こんな事)

心のなかでそう思うと、意味もなく笑いがこみ上げて来た。クスリと笑った瞬間、レイの目からは涙がこぼれた。

ジェイはカウンターを出てレイの隣に腰を下ろすと、そっとレイの肩を抱いた。簡単に諦めてしまえる気持ちではないのだ、とジェイは思った。簡単に諦められるなら、彼女はこんなにも動揺してここに来なかったろう。

「大丈夫、大丈夫よレイ、泣かないで」
そう言いながら、ジェイは一体何が大丈夫なのだろう?と思った。エドが、彼女が隠す全ての事を知ったところで、それに動じはしないだろうと言う事なのか、それとも、辛い恋もいつかは懐かしい思い出になるから大丈夫と言うことなのか。
「ねえレイ、エドは……、彼は少なくともあなたを気にかけてはいるわよ。だから、無理に諦める必要なんて……」
ジェイがそう言うと、レイはそれを遮って
「いいえ、ダメよ……、ダメ、私は……」と少し強い口調で言った。
「あなたの事情はわかるけど、どうしてそれが自分の気持ちよりも重要なの?大事なのはあなたの気持ちでしょ?」
なだめる様にジェイが言った。

「……私の気持ち?……ジェイ、あなたは私に、望んではいけない事を望めと言うの?」
レイはそう言って下唇をかむと、黙ってうつむいた。

ジェイは、深くため息をついた。確かに、レイの出生はわけありだが、一番の問題は、彼女がそれに縛られている事だ、と思った。

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