9章 秋雨 4 -ふたり-

9章 秋雨

9章 秋雨

エドがレイの頬にそっと触れると、レイは、戸惑った表情のまま彼を見た。レイには、自分の置かれている状況が、まだよく理解できなかった。

「私は夢を見ているの?」心の中でそう思った。

エドは彼女の髪を優しく撫でるような仕草をすると、そっとキスをした。
レイが、わずかに身体を硬くする。
「ああ……、やっぱり私は、夢を見ているんだ……」
レイは、次第に全身の力が抜け、意識が遠のくような感覚の中でそう思った。
心の奥が、甘く切ない痛みで満たされ、胸が高鳴った。それは、甘く優しい、ため息のでるようなキスだった。

どれほどそうしていたのか、やがてエドは唇を離すと、レイの目をまっすぐ見て
「初めて会った時から、ずっと君を思っていた」と言った。

レイは、その言葉に一瞬信じられないという表情をしたが、やがて混乱と感情の高まりからか、涙がこぼれた。
何か言いたかったが、何をどう言えばいいのか言葉がみつからなかった。エドは再び唇を重ねると、レイを強く抱きしめた。

2人を包む夜の空気に、わずかに雨の香りが漂った。朝の天気予報は確か、夜遅くから雨になると告げていた。やがて、雨がポツリと彼らの上に落ちると、エドはレイを抱きしめていた腕を緩め、空を仰いだ。

「雨が……」

その言葉にレイも、ぼんやりとしたまま空を仰ぐ。
間もなく、ポツリ、ポツリと雨粒が2人の上に落ち始めた。その冷たい雨粒がレイの顔を濡らし、彼女を次第に現実の世界に引き戻した。

「……降り出してきた」
エドはそう言うと上着を脱ぎ、レイに羽織らせた。
「エド、あなたが濡れてしまうわ!」
レイは驚いて言った。
「大丈夫だ。君の部屋まであとどれくらい?走ろう」

エドはレイの肩をだきよせ雨粒から守るようにして走りだした。
「3分もかからないわ」レイが走りながら答える。
しかし、雨足は次第に強まり、あっという間に土砂降り状態になった。マンションの前に着く頃には、2人ともずぶ濡れになっていた。

レイは息を切らしながら、
「いやだわ、こんなに急に降りだすなんて。まるでスコールだわ」と苦笑いした。
10月の雨は少し冷たく、2人は小さく身体を震わせた。

「エド、とにかく上がって。そのままじゃ風邪を引いてしまうわ」
レイはバッグから鍵を取り出しながら言った。
その言葉にエドは少し戸惑った。
「いや……でも……」
いくら”奥手でクソ真面目”と言われていても、この状況で自分の感情をコントロールできる自信がなかった。

レイはそれを察すると、取り出した鍵を見つめたまま
「エド、……私は自分の言っている事の意味くらい分かっているわ」と静かに言った。

通りを打つ雨の音が、ざわめく様な音を立て、にわかに強くなった。

自分でも、どうしてそんな言葉を冷静に言えたのか、とても不思議だった。レイが鍵をセンサーにさっとかざすと、自動扉が微かな音をたてて開いた。

エドは、ほんの一瞬ためらったあと、彼女に続いた。

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9章 秋雨

Posted by Marisa