13章 Over the rain -輝き-

セントラルヒーティングで暖められたリビングの大きな窓の向こうには、灰色に曇ったマンハッタンがモノクロームの写真のように広がっている。
「今日はとても冷えているよ」
エドがそう言いながら、窓際に置かれたダイニングテーブルにコーヒーポットを置いた。
「すごいところに住んでいるのね……。私が住んでいたアパートとは大違いだわ」
レイは窓の向こうに視線を向けたまま、椅子を引いた。
「マークスの……、今一緒に仕事をしているマークスの持ち物だよ、この部屋は。彼はいくつか投資用の部屋をもっていて、ここはその中のひとつ」
そう言いながら、エドはカップにコーヒーを注いだ。
「……会社を変わったの?」
「ああ。今はマークスとコンサルティング会社をやっている」
「やっているって……、会社を経営してるの?」
レイが少し驚いた表情で聞いた。
「そうだね。マークスの共同経営者として今の会社に入ったから」
エドはそう答えた後、穏やかに微笑むと
「マークスは信頼できる男だよ。……落ち着いたら、紹介するよ。彼の奥さんは大のバレエファンらしい」と言った。
午後になると雨は上がり、雲の切れ間から少しずつ青い空が顔をのぞかせてきた。レイはゆっくりと窓のそばまで行くと、その様子を眺めた。
灰色に滲んだマンハッタンが、次第にその輪郭を浮かび上がらせてくる。
エドは、レイのそばまで行くと後ろからそっと包み込むように抱き寄せた。また突然、バルコニーに飛び出すのではないかと心配だった。レイはそんなエドの気持ちを察したのか
「エド、……大丈夫よ。もうバカなことはしないわ」と言った。
窓の外を見ていると、自分の心まで光が差すようにすっきりと晴れていく気がした。深く暗い水底で、空気を求めるようにもがいていた昨日までの自分が、嘘のようだった。レイは、エドに身を任せるようにして目を閉じた。
不思議なほど心は落ち着いて温かかった。
エドはレイの頬にキスをすると
「君に渡したい物があるんだ」と言った。
そして、レイを窓際に近いソファに座らせると「ちょっと待っていて」と言って書斎に入って行った。
間もなくエドが、小さな箱を持って戻ってきた。
「これを君に……」
そう言って彼が差し出したのは、淡いブルーのベルベットに包まれた小さなケースだった。ゆっくりとそれを開けると、中には繊細なデザインのリングがあった。
流れるようなプラチナの曲線に取り囲まれているのは美しく輝くダイヤだった。
レイが驚いて顔を上げた。このリングの意味を、どう捉えれば良いのかレイには分からなかった。
エドは穏やかな笑みを浮かべると、レイの手からリングをとってケースをテーブルに置くと、レイの左手を取った。
レイは何が起こっているのか分からない表情でエドを見た。エドは、黙ってレイの薬指にリングを滑らせた。
そして、両手でその手を包むようにして
「東京にいた時から、この指輪を渡そうと、ずっと持っていたんだ。今、やっと君に言える。……レイ、僕と結婚してくれますか?」と言った。
その言葉に、レイは大きく目を見開いた。彼の言った言葉が、にわかには信じられなかった。
「レイ、お願いだ、"イエス”と……」 再びエドが言うと、レイの目から涙がこぼれた。