13章 Over the rain -淡い輪郭-

目を覚ますと、見慣れない天井がぼんやりと映った。微かに雨の打つ音がする。
(……ここは、どこだろう?)
レイは、自分がどこにいるのか、すぐには分からなかった。目をこすりながら、ゆっくりと視線を動かした。
サイドテーブルに置かれた時計は午前11時を少し過ぎたところを指している。
(……そうだ、ここは彼のアパートだ)
ぼんやりと、思い出すと、レイは彼の姿を探した。
「エド……?」
ベッドの中に自分以外の人の気配はない。
部屋の中は、しんと静まり返り、雨の音だけが微かに響いている。レイの心の中に、恐れにも似た不安が、ふつふつとわきあがってきた。
ゆっくりと部屋の中を見回してからベッドを出ると、少しふらつきながら寝室に隣接したバスルームの扉を開けた。
「エド?」
かすれた声で彼の名を呼んでみたが、返事はない。
「エド……!」
レイは、後ろ手にバスルームの扉を閉めると、もう一度彼の名を呼んだ。心に沸き上がった不安は、一気に吹き出し、レイの頭の中を混乱させた。
「エド、エド……!」
か細い悲鳴のように彼の名を叫ぶと、レイはリビングへと続く扉へ向かった。
キッチンでコーヒーを淹れていたエドが、ふと自分の名を呼ぶ声が聞こえたような気がして手を止めた。そして、寝室の扉が開く音がしたかと思うと、レイのか細い声が聞こえた。
「エド……!」
レイの取り乱したような声に驚いて、エドはキッチンを飛び出した。寝室を出たところの壁に寄りかかるようにして、混乱しきった表情でレイが立っていた。
レイは、彼の姿を見つけると、ふらふらと彼のほうへ歩き出した。エドは彼女に駆け寄ると、軽く彼女を抱き寄せ
「レイ、どうしたんだ?」と聞いた。
「……また、一人になったかと思っ……、夢を見ていたのかって……」
そう言い終らないうちに、レイはぼろぼろと涙をこぼしはじめた。
エドは黙ってレイを抱きしめた。
「……夢を見て、そこにはあなたがいて、……でも、目が覚めると私はいつも一人で、……あなたはいない」
そう言いながら、レイがエドの背中にやった腕に力をこめたが、エドには、それはとても弱々しく感じられた。
「僕はここにいる。いつだってそばにいるから、もう何も怖がらなくていいんだよ」
しばらくして、レイが落ち着きを取り戻すとエドは
「さあ、顔を洗って。食事にしよう」とレイを連れてバスルームへ向かった。
「君のものはここの棚に。タオルはここ」
エドはそういいながら棚からタオルを出すとレイに渡した。
「僕はキッチンでコーヒーを入れているから。……もう大丈夫だね?」
レイが黙って頷くとエドはバスルームの扉へ向かった。
「エド……」
レイに呼び止められて、バスルームを出ようとしたエドは足を止めて振り返った。
「……ごめんなさい。……私、我侭を言って」
エドはその言葉に、穏やかに微笑むと
「大丈夫だよ。君は何も我侭なんて言っていないよ」と言った。
エドが出て行くと、レイは鏡に映る自分の顔を眺めた。
真っ赤な目と、くちゃくちゃの髪。
「……ひどい顔ね」 呆れたように呟くと、レイは洗顔石鹸を泡立て、丁寧に顔を洗った。そして、髪を軽くまとめて、ピンで留めると、淡いグレーのニットワンピースに着替え、リビングルームへ出た。