1章 NewYork I -愛の影-

夕方からのクラスを2つ教えてスタジオを出ると、11時近くになっていた。BDSからレイの住む部屋までは歩いて十数分程だ。レイは部屋に戻ると上着を脱ぎ、それを無造作にベッドの上に置いた。
彼女が住むのは、小さなストゥディオタイプのワンルームで、ひとつだけある大きめの窓辺にはいくつもの小さな鉢植えが置かれている。デスクをかねたチェストには、ラップトップパソコンと鏡が置かれ、その傍らには花を挿したガラスのフラワーベースと、いくつもの写真が飾られていた。
レイは、その中のひとつを手に取ると
「ただいま」と言った。
そこには、穏やかに微笑むエドの姿があった。
レイはジェイが案じた通り、エドの影と暮らしていたのだ。
ニューヨークに戻った当初、レイはエドに関わる全てのものを処分してしまおうとした。そうすることで、彼を忘れようとしたのだ。けれど、どうしても処分する事が出来ず、一旦は自分の目に触れない引き出しの奥深くに仕舞われたものの、2日と経たないうちに、再びそこから出されてしまった。レイにとって彼の姿が見えない事は―たとえそれが写真であっても―とても不安で寂しく、落ち着かなかった。
無理に忘れようとしなくても、時間が解決してくれる。いつか、ほんの少し心の痛む懐かしい思い出になるはずだと、レイはそう思った。
しかし、1年近くが過ぎた今も、彼を想わない日など1日もなかった。切ない想いは、時に波のように押し寄せてきて、涙が止まらずに眠れない夜もあった。幸せな夢から覚めて、切なさに身をよじって泣いた時もある。
心の中には、いつも鉛のように重い何かがあって、何をしていても決して心が軽くなることはなかった。踊っていても、教えていても、何をしていても、常に心の中に重たい何かが影を落としていた。
そしてそれは、彼を思うたび大きく膨らんで、彼女の心を息も出来ないくらいに圧迫した。けれど、レイにはそれをどうすることも出来ず、ただ耐えるしかなかった。
その度、いつか、こんな想いから解放される日が来るのだろうか?とレイは思った。
こんなに辛いのに、どうして離れてしまったのだろう? ふと、そんな後悔をしてしまう自分を、レイは許せなかった。