13章 Christy 2 -暗雲-

13章 Christiy

chapter13

「レイ、あなたによ」

千夏が、電話を保留にしながら言った。
「私に?誰から?」不思議そうにレイが聞いた。

外線でレイ宛に電話が掛かって来るなど、殆どないからだ。

「名前を聞いたんだけど、とにかくあなたを出してくれって。英語だから外国人なのは確かよ。電話してくるような友達はいない?」
千夏も不思議そうに言った。
誰だろう、と思いながらレイは外線ボタンを押してから受話器をとった。

「お待たせしました。瀧澤です」

日本語で出ると、相手は千夏が言ったとおり英語で
『瀧澤レイさん?』と聞いた。
「ええ、そうですが」レイも英語で答える。
『私、クリスティと言います。クリスティ・リングトン』
「クリスティ?」
『ええ、エドワードの婚約者、クリスティ・リングトンよ』

その言葉にレイは自分の耳を疑った。婚約者?一瞬、悪い夢を見ているのかと思った。

レイが黙っていると、電話の相手は
『聞いていらっしゃる?あなたの恋人、エドワードの婚約者よ』
相手は、もう一度はっきりと『エドワードの婚約者』と言った。

「……私には何のお話か分かりませんが」

軽い眩暈を覚えながら、レイが硬い声で答えた。向かいのデスクの千夏が、レイの様子が少しおかしなことに気付いて顔を上げた。受話器を持つ手が、わずかに震えている。
『あら、やっぱり彼はあなたに何も言っていないのね。じゃあ、はっきり言うわ。彼は私と結婚するのよ。だから、彼と別れて欲しいの』

「えっ……」

『……あなたも知っているでしょう?彼が名門出身だって。どこの馬の骨とも知れないあなたでは、彼と釣り合わないわ。彼の相手として相応しくないのよ』
その言葉にレイの表情が変わった。

「誰を選ぶかは、あなたが決めることではないわ。彼が決めることでしょう?」
レイが少し早口で言うと、クリスティは
『あら?自信がおありなのね』と少しバカにしたようにクスリと笑った。
レイは体の奥からこみ上げる、怒りに似た感情を抑えながら
「お話はそれだけですか?仕事中ですので」と冷ややかに言った。
『彼に、話すといいわ。クリスティが連絡してきたってね』
そう言って、相手は先に電話を切った。

レイはしばらく受話器を持ったまま、動くことができなかった。心臓が痛いくらいに鼓動を打ち、受話器を持つ手が、まだ小さく震えている。

「レイ、大丈夫?」

千夏の声で我に返ると、レイは受話器を置いた。
「どうしたの?顔色が悪いわよ。何の電話だったの?」
レイは、軽く深呼吸をすると硬い表情のまま

「クリスティ・リングトン、エドの婚約者ですって」と答えた。

「えっ?……それ、どういうことなの?」
千夏が眉間にしわを寄せて言った。
「わからないわ。ただ、自分は彼の婚約者だって」
「彼は?エドから何か聞いていないの?」
「何も……、何も聞いていないわ」
レイはそう言いながら「来るべき時が来てしまったのかもしれない」と思った。いずれ、彼は彼の身分に相応しい人と結婚するだろう。そしてそれは、彼の意思とは違ったところで決められるかもしれない。そんな日がいつか来るだろう、と思っていた。

その時は、自分が潔く身を引くしかないと思っていたが、現実を目の前に、そうすることが、どれほど辛く難しいかを思い知らされた。

「エドに、ちゃんと聞いたほうがいいわ。きっと何かの間違いよ」 千夏が心配そうに言った。

スポンサーリンク