13章 Christy 1 -婚約者-

13章 Christiy

午後6時半を少し過ぎた頃、KINGSの扉が開いた。
「あらエド、珍しいわね。こんな早い時間に来るなんて」
ジェイが、氷を削る手を止めて言った。
「出張明けくらいはね」
エドは、上着を脱いで入り口近くのクローゼットに掛けると、いつも通り奥のカウンター席に座った。

「レイには会った?」
ジェイがグラスに氷を入れながら聞いた。
「ああ。空港まで来てくれたから、すぐに会ったよ」
「そう、よかったわね」
ニコリと笑うとジェイはエドの前にグラスを置いた。そして、遠慮がちに
「……ねえ、エド、あなたレイとは、どうするつもりなの?」と聞いた。
「どうって?」
「だから……、この先の事よ。もう2年も付き合っているでしょう?」
ジェイがもどかしそうに言う。
「それはもちろん、ちゃんと考えているよ……」
「プロポーズ、しないの?」
すると、エドは少し困ったような表情で
「実は、注文した指輪をロンドンで受け取って、帰国したらすぐにするつもりだったけど……。でも、問題が起こってね……。それを片付けて、それからじゃないと……」と言った。
「片付けておかなきゃならないこと?」
ジェイが片方の眉を上げながら聞いた。
エドは少し考えた後に、真剣な表情で
「レイには、言わないで欲しい。余計な心配をかけたくないんだ」と言った。
「ええ、わかったわ」

「……実は、婚約させられそうになってるんだ。父が勝手に決めた相手と」

「えっ?!……それ、どういう事よ」
ジェイの表情がにわかに険しくなった。
「出張中に、父に呼ばれて一方的に言い渡されたんだよ。でも、はっきりと断った。婚約はしないって」

エドはそこまで言うと、ため息をついた。

「そう言ったのに、僕がいないところで勝手に話を進めていて。おととい突然電話があって……。婚約披露パーティーをするから帰国しろって。まったく……」
うんざりしたようにエドが言うと、
「……お願いよ。レイを傷つけるような事だけはしないで。あの子を傷つけないでって、私、言ったわよね?」

ジェイが懇願するように言った。

「ジェイ、大丈夫だよ。僕にその意志がない限り向こうでは何も出来ない。ただ、あっちで勝手にやっている事をきちんと解決しておきたいんだ」

エドは、ゆっくりとした口調ではっきりといった。

「……心配だわ、私。あなたを信用していないわけじゃないのよ。でも……。」
ジェイは心配そうな表情をした。
「僕は、もうイギリスへは戻らない。いずれアメリカで永住権をとってアメリカで暮らすつもりだ」

「そう、アメリカで……」

「でも、彼女が望むなら、ずっと日本で暮らしたっていいんだ」
「日本で?」ジェイが確認するように言った。
「ああ」
「……エド、レイは何もあなたに話していないの?」
ジェイが、ためらいがちに聞くと、エドは
「話していないって、何を?」
と少し怪訝な顔をして聞き返した。

「……やっぱり。まだ何も話していないのね。」

「ジェイ、何の事だ」
ジェイは、話すべきかしばらく迷った後、できるだけ曖昧な言葉で言った。
「彼女の事よ。子供の頃の話とか。あなた、そう言う話を聞いてる?」
「ずっと昔に両親を亡くして、それから君のところに……、アメリカにいたと……。それ以外には何も。ああ、お母さんがイギリス人だったって」
「そう……。ねえエド、それ以外にあの子が、今までどんな人生を生きて来たのか気にならないの?」
ジェイが聞くと、エドは少し考えた後
「……全然気にならないかと言えば、嘘になるけど、僕にとっては彼女の出身や過去は重要な事じゃないんだよ。レイが、昔のことを話さないのは理由があるからだろうし、無理に聞くつもりはないよ。僕は彼女が彼女であれば、それでいい」と答えた。
「エド、あの子を愛しているなら、絶対に彼女を離さないで。何が起こっても」
ジェイがエドの目をまっすぐに見て言った。

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