13章 Christy 3 -願い-

エドが部屋に戻ると、玄関にレイの靴がきちんと揃えて置かれていた。
「レイ、来ているのか?」
エドが部屋の奥に呼びかけると、レイがリビングの扉を開けて顔を出した。
「おかえりなさい。……ごめんなさい、急に来て」
「いや、うれしいよ」
そう言ってエドはレイを抱き寄せると、軽くキスをした。レイは、上着を掛けているエドの背中をしばらく見ていたが、やがて意を決したように言った。
「クリスティ・リングトンって誰なの?」
何の前置きもない問いかけに、エドが驚いた表情で振り向いた。
「……どうして、君がその名前を?誰からその名前を?」
レイは緊張と不安が入り混じった表情で、彼を見たあと、ゆっくりと視線を外した。
「本人、よ。……今日、会社に電話があったの」
そう言って窓の方を向くと、カーテンを少しだけ開けて外を見た。外は冷えているのだろう。曇った窓ガラスの向こうに街灯が冷たく滲んで見えている。
「あなたの婚約者だって。あなたと別れろって。私はあなたにふさわしくないからって……。そう言われたわ」
レイは指で曇った窓ガラスをこすりながら、わずかに語尾を震わせた。エドはレイのそばへ行くと、彼女を後ろから強く抱きしめて言った。
「レイ、僕は彼女と婚約などしない。愛しているのは君だけだ。どうか僕を信じて」
どうやって彼女の名前や勤め先まで調べたのか。おそらく父かアメリアが仕向けたのだろう。エドは驚きを通り越して怒りの感情すら覚えた。
「面倒は嫌よ、だから終わりにしましょう」
彼の腕を冷たく振り払って、そう言うつもりだったのに、レイの口から出たのは、正反対の言葉だった。
「……嫌よ、あの人と婚約なんて。私、あなたと離れたくない」
エドは、ハーブティーの入ったマグカップをテーブルに置くと、レイの隣に腰を下ろした。そして、出張中のロンドンで突然父親に呼び出され、一方的に婚約を言い渡されたこと、自分がはっきりと断ったことを話した。
「どうして、私に黙っていたの?話してくれればよかったのに」
「心配をかけたくなかったんだ。まさか、君に電話してくるなんて思わなかったからね。……まったく、どうかしているよ、彼らは」
不安そうな表情で見つめるレイに、エドは優しく微笑むと
「大丈夫だよ。何があろうと、僕は君を離さない」
と言ってレイの肩を抱き寄せた。