17章 約束1 -痛み-

17章 約束

「エドの様子はどうなの?」
千夏がコーヒーカップを置きながら聞いた。
「恐ろしいくらい仕事してるわよ。相当まいってるわね、あれは」
ジェイがため息交じりに答えた。

秋晴れの、とても天気のいい日で、ジェイと千夏は表参道のオープンカフェにいた。月曜のお昼前だと言うのに、通りは多くの人が行き交っている。

「レイから連絡は?」
「全くなし。ニューヨーク行きの飛行機に乗ったこと以外は、何も分からないわ。ナツ、あなたのところには?」
「こっちもなし。メールもエラーで戻ってくるし……。もう半年も音信不通よ」
そう言って千夏もため息をついた。

「ねえナツ、パトリックにはレイのこと、話した?」
「言えないわよ。死ぬほど心配するわ。それに、彼ならレイと会えば放っておいても連絡してくるわよ」
「そうよね……」

それきり2人は黙ったまま、通りの人々を眺めた。
「……この間、エドが店にいるときに、彼の携帯に電話がかかってきたのよ。イギリスの実家から」
「実家って、まさか、またあの件で?」
千夏がわずかに眉をしかめた。
「そう。……そりゃ彼は怒ってね。あんな風に話すのを初めて聞いたわ。慇懃無礼というか、言葉はものすごく丁寧なんだけど嫌味たっぷりって言うの?結局、クリスティの自殺未遂騒動も、彼をイギリスに帰国させるためのでっち上げだったわけでしょ?いくら彼でも穏やかではいられないわよ。最後に彼がなんていったと思う?“あなた方の身勝手で、私は大切なものを失ってしまった。私は生涯あなた方を許さないし英国にも戻らない。私のことは死んだと思ってください”よ」
ジェイはエドのアクセントを真似て言った。
「へえ……、彼でも、そんな風に言うことがあるのね」
「あの冷静な彼が、感情をあからさまに出してね……、涙目で言うのよ。もう、見てられないわ。少し大袈裟かも知れないけど、彼にとってレイは全てだったのよ。一生かけてだってレイを探すわよ、彼」
「探すって言ったって……、一体どうやって?本当にアメリカにいるかもわからないわ。あの子、フランス語も不自由なく話せるのよ。ヨーロッパにいたって不思議じゃないわ」

ジェイは「諜報機関に知り合いでもいればねぇ」と笑った。

「笑い事じゃないわよ、ジェイ。心配なのよ、私……。あの子がおかしなこと考えてやしないかって」
千夏はそう言うと目を伏せた。

ジェイは少し沈黙したあと、まるで自分に言い聞かせるように

「大丈夫、大丈夫よ。……きっと、そのうち連絡してくるわよ」と言った。

スポンサーリンク

17章 約束

Posted by Marisa