8章 夏の終わり2 -告白-

8章 夏の終わり

chapter8

ジェイは翌日の日曜、エドをランチと言う名目で店まで呼び出した。アーロンと三人で昼食を済ませると、ジェイはエドの様子を伺いながら
「ねえ、この前から聞こうと思っていたんだけど、どうしてコンサルタントをやっているの?」と、レイとは関係のない話から始めた。
「どうして?」
エドはジェイの質問を繰り返した。
「だって、プロのダンサーを目指した人なら、それに関係する仕事を選ぶんじゃないかしら、って思ったから」
エドは少し考えてから
「……今思えば、諦めるためだったのかもしれない」と言った。
それから、一つ一つ思い出すように
「父の前では、ただ無力でしかなかった自分が悔しくて。……踊る事は好きだったんだ、とてもね。だからこそ中途半端に関わるよりは、いっそ、って。だから工科大に進む事を選んだんだよ」と続けた。
少しの間をおいてジェイが
「……辛かったでしょう?」と言うと、エドは苦笑いした後「しばらくは後悔したよ。どうして言いなりになったのかって。……何年も父を恨んでみたり、無力だった自分を責めてみたり。けれど、アメリカの大学へ進んでしばらくすると、吹っ切れたというか……、散々苦しんで、ただ踊りが好きな自分に気付いた時、形はどうであれ踊る事ができればそれでいいって……。それからは暇があればオープンクラス通ったよ」と言った。
「15までクラシックをやって、2、3年のブランクなら、まだプロを目指せたんじゃないの?」
「……まだ、MITの学生だった頃にカンパニーに誘われた事もあったけど……」
「断ったの?どうして……」
エドは微かに笑ってため息をつくと、真面目な顔つきで
「一番レッスンしなければいけない時期に、レッスンを受けられなかった僕が、カンパニーに入ってもせいぜいコール・ド(群舞)止まりだよ。当時の僕は、しっかり自立して父を見返したいと思っていたから……。だから、一流のカンパニーに入って、そこでトップダンサーになれなければ意味がなかったんだ。自分の実力を冷静に見ればそんなことはあり得なかった。だからだよ。それに僕は好きな時に踊れるだけでよかったし、もうプロのダンサーになりたいとは強く思わなかった」と言った。
「……で、あなたは一流の大学を卒業して、キャリアを積んで来たわけね」
「まだ、父を見返すとまではいかないけどね」

ジェイはグラスの水を飲むと、カウンターの中でカップを拭いているアーロンに
「ねえアーロン、コーヒーをお願いしてもいいかしら」と言った。
アーロンは「オーケイ、ちょうど淹れようと思っていたんだ」と言うと、棚からコーヒー豆を取り出した。
「ありがとう」
ジェイはそう言ってから、視線をエドの方へ戻すと
「それでエド、あなたレイの事は……、どうするつもりなの?」と聞いた。
「どうって……」
突然、話題を変えられたエドは、戸惑いながら答えた。
「いい加減、ちゃんと自分の気持ちを伝えたらどうなのよ」
「……なかなかタイミングがつかめなくて」
「タイミングって、いくらでもあるでしょう?携帯の番号もアドレスも聞いてるんでしょ?休みの日に、お茶に誘うくらいできるでしょ?」と少し呆れた口調でジェイが言った。

「そうだけど……。何て誘えばいいのか……」

エドの煮え切らない返事に、ジェイは
「あーっ、もう、じれったいわね!」と叫んだ。

コーヒーメーカーに豆をセットしていたアーロンがクスリと笑うと
「ジェイはね、ものすごく心配してるんだ。君たちの事」と言った。

「エド、あなた、レイがあなたをどう思っているか全然わからないの?」
テーブルに肘をついて、少し苛立たしげにジェイが聞く。
「どう思っているか?」
「何も感じないの?あの子から」

「……よく、わからない。嫌われてはいないと思うけど。僕が好意を示しても特別な反応はないし……」

思い返すようにしてエドが答えると、ジェイは呆れた顔をしてため息をついた。

「エド、あなたのシャイな好意の示し方じゃ、分からないわよ。……相手があの子じゃなきゃ、それとなく気持ちは伝わるかもしれないけど、レイには通じないわ。はっきりと伝えないとね」

「……はっきり、か」エドは困ったような顔をした。

「ねえエド、どうしてはっきりと自分の気持ちを伝えないの?本気なら、きちんと伝えるべきよ」
「どうしてって……、彼女は僕にあまり興味がなさそうだし……、迷惑かなって」
ジェイは大きくため息をついて首を振ると、少し強い口調で
「エド」と言うと、じっと彼の目を見た。

「……あの子はね、あなたが好きなのよ」

ジェイの言葉に、エドは驚いた表情をした。

「ジェイ冗談は……」
「あの子は、あなたの気持ちなんて知らないし、そんなこと夢にも思っていないわ。それどころか最初から諦めてる。あなたが自分のことなど相手にしないってね。だからエド、あなたが行動しないとどうにもならないのよ。おせっかいだけど、もう黙ってられないわ」

エドは再び信じられない、と言う表情をすると黙り込んだ。

「レイはね、ものすごく臆病なんだよ。恋をする事に対してね」
アーロンがコーヒーをテーブルに置きながら言うと 「そう、ヒツジ並みに」とジェイが付け足した。

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