6章 Wish I could -Sara-

6章 Wish I could

chapter2-6

木曜の夜、エドはSTEP IN のクラスを終えてスタジオを出ると、地下鉄の駅へ向かった。

レイの手がかりをつかもうとして通い始めたクラスだったが、もう習慣のようになっていた。最初のうちは、クラシックのクラスに入るだけで彼女のことを思い出して胸が痛んだが、今では、現役のダンサーたちに混ざって踊っている間だけは、何もかも忘れて“ただの自分”でいられるような気がした。それはかつて、ロイヤルバレスクールに籍を置いていた頃や、勉強の傍ら足繁く通ったオープンクラスで踊っていた頃に感じた感覚だった。

すると、そこにはカフェの奥で少し退屈そうにしているサラの姿があった。エドは、地下鉄に向かう足を止め、カフェに入った。

「サラ?」
エドが声をかけると、サラは少し驚いて顔を上げた。

「前を通ったら、君の姿が見えたから」
「もしかして、STEP INの帰りですか?」
「ああ」
「そうですか……。私は友達と約束していたんですけど、急な仕事でキャンセルになっちゃって。だからここで少しふてくされていたところです」とサラが少しおどけるように笑った。

「食事は?」

エドが聞くと、サラは意外そうな表情をしながら
「いいえ、まだ……。友達とスパニッシュ・バーに行くつもりでしたから……」と答えた。

「そう。……じゃあ、もしよかったら一緒にどう?」
エドは、少し迷いながらもサラを誘った。

「えっ?いいんですか?」

「有能な秘書に、たまにごちそうしてもバチは当たらないと思うけど。……行こうと思っていた店は、どこ?」

エドは、サラに案内されてタイムズスクエア近くのスパニッシュ・バーに入った。素朴な雰囲気の落ち着いた店で、それは東京にいた頃、レイと度々足を運んだスパニッシュレストランを思い起こさせた。

白ワインとパン、そして、それぞれ好みのタパス(スペインの小皿料理)をいくつか注文するとサラが
「いつも夕食は外で?」と聞いた。
「いや、そうでもないよ。デリで買うこともあるけど時間のある時は自炊もするよ」
「すごい、料理が出来るんですね。私はダメだわ」
サラが感心した様に言った。
「1人暮らしが長いからね……」
エドがそう言うと、サラはため息をついて「ダメ、私はどうにも苦手だわ」と首を横に振った。
そして、運ばれて来たばかりのワインを一口飲むと「バレリーナの彼女も、料理上手なんですか?」と聞いた。
「……そうだね。作るのは好きみたいだったよ」
そう答えた後、エドは少し寂しそうに視線をグラスに落とした。

サラは、エドが過去形で答えたことに、わずかに表情を曇らせた。余計な事を聞いてしまったのかも、と聞いた事を後悔した。何か、楽しめる話をしなくては、と考えながらサラはパンをちぎった。

「ニューヨークに住むのは初めてでしたっけ?」

唐突に話題が変わったのでエドが、ふと顔を上げた。

「……ああ、初めてだけど」

「そう、じゃ月末のハロウィンパレードは観ておくべきですよ。なんなら参加するって手もありますけど」

サラは、それからハロウィンパレードの面白さについて話し始めた。

「パレードも面白いけど、その後も楽しめるんです」と笑うと、パレードが終わった後、カボチャのお化けがスーパーでトイレットペーパーを買っていたり、魔女がカフェでコーヒー飲んでいる様子を楽しそうに話した。
「仮装したまま地下鉄に乗ってパレードにやって来て、またそのまま日常に戻って行くのよね」とおかしそうに笑った。

エドは、レイに似た表情で笑うサラを見ながら
(彼女を、サラを愛する事が出来れば、レイを失ったこの痛みから解放されるのだろうか?)
と思った。こんな想いを抱えて生きるなら、いっそ他の誰かを愛した方がいいのか、と。

エドは、向かいの席に座るサラをじっと見つめた。

スポンサーリンク