6章 Wish I could -迷える心-

6章 Wish I could

chapter2-6

「エド……?私の顔に、何か……?」
サラは、エドの視線に戸惑いながら(なんとなく、マズイ展開だわね)と思った。

「サラ、僕は君を……」
エドが迷いながらそう言いかけると、サラは、彼が何を言おうとしているのかを瞬時に感じ取り

「……ダメ!」と彼の言葉を遮った。

「……あなたは本当に大切な人の事を忘れてしまったの?」

エドは、サラの言葉に我に返る様な表情をすると、ゆっくりとサラから視線を外し

「すまない……。僕は……、僕はどうかしているのか?」と呟くように言った。

「一体、どうしたんですか?何かあったんですか?」

心配そうにサラが聞いた。

「……彼女はもう」エドはそう言いかけて口をつぐんだ。

サラは、ワインを飲むとため息をつきながらグラスを置いた。

「エド、あなたらしくないわ。こんなの」

その言葉にエドはクスリと笑った。

「らしくない、か……」

「ええ、そう。真面目でお堅そうなあなたが、婚約者のいる身で他の女に言いよるなんて。……そりゃ、あなたはすごく魅力的で好意を持たない女性はいないと思うわ。でも、大切な人を裏切ろうとしているあなたに魅力は感じゃない」

“真面目でお堅そう”という言葉にエドは思わず苦笑いした。まるで、ジェイじゃないか、と。

「いつだって、あなたは机の上の彼女の写真を見つめている。とても寂しそうに。……一体、何があったんですか?」

エドは話すべきか迷ったが

「……彼女の消息がわからないんだ」と言った。

「わからない?わからないって……」

サラが驚いて目を丸くした。

「何から話せばいいのか……。僕のイギリスの家は、いわゆる名門貴族と言われるおかしな家でね。彼女と東京にいたある日、父が一方的に僕に婚約を言い渡した。それから話がややこしくなってね……。結局、彼女が黙って身を引いたんだ。僕がアメリカ出張から戻ると、一緒に暮らしていた部屋から彼女は消えていた」

「何も、あなたに言わずに?」

「彼女は、自分が身を引けば僕が幸せになれるって……。そう思ったんだよ。……私を忘れて幸せになって。それが彼女が僕に残した言葉だった」

「……悲しい言葉ね。……そばにいるだけが、愛することじゃないって。彼女、とても辛かったと思うわ」

そう言ってサラが、やりきれない表情をした。エドはワイングラスの中に視線を落としながら

「僕は、一番大切な人を誰よりも傷つけてしまった……」と呟くように言った。

「……誰も、彼女の行方を知らないの?」

エドは黙って頷いた。

「……今だって、彼女を愛しているんでしょう?」

サラが聞くと、エドは寂しそうに笑った。

「ここにいれば、彼女を見つけられるような、そんな気がして。でも、何の手がかりもない。僕はこの気持ちをどうすればいいのか……。サラ、すまない。僕は……」

サラは、仕方なさそうに微笑むと

「誰だって、辛い時には逃げ場を捜してしまうものだわ。だから、気にしないで下さい」と言った。

「彼女は、もう僕の事など忘れているんじゃないかって、そう思うと……」

「……いいえ、彼女は、あなたを愛しているわ。だから誰にも自分の居場所を知らせないのよ。私には、何となく彼女の気持ちがわかるわ……」

「何故、彼女は……?」

「きっと彼女は、あなたを忘れてしまうまで居場所を知らせないわ。彼女が自分の居場所をオープンにした時は、あなたとの事を完全に思い出にできた時よ。もうあなたの顔を見ても心を乱す必要がない、そう言う時だわ」

「一体、僕はどうすれば……」

仕事の場では、いつも冷静で何事も確実に判断する彼が、こんな風に心を痛め、迷っている事にサラは少し驚いた。

女性に対しても、冷静にスマートに接するタイプだと思っていたからだ。

「……彼女がニューヨークにいるって確証はあるんですか?」

「いや……、僕がそんな予感がしただけで、確証はないよ」

「もしかして、忙しい時間をやりくりして、ダンススタジオに通っているのは、彼女を捜すため、とか?」

サラの問いに、エドは自分自身を嘲るようにクスリと笑うと

「ああ」と答えた。

「彼女は、クラシック以外は踊らないんですか?」

「それはわからないけど……」

「わかりました。私が行くのは初心者クラスばかりですけど、聞いておきますよ。もしかするとクラシック以外のクラスに出ているかもしれないし……」

「ありがとう」

「彼女の名前を、聞いてもいいですか?」

サラがバッグから手帳を取り出しながら言った。

「……名前はローレン・メアリー・バークスフォード。でも、タキザワ レイ という日本名を使っているかもしれない。ブルネットで瞳の色はブラウン。イギリス英語を話して、日本語もネイティブと並み。4年前までABTのソリストだった」

「ABTのソリスト……ね。さすがあなたの恋人だわ。ただの美人じゃないわね。……きっと、繊細で美しい踊りをするんでしょうね」

サラは感心するように言いながら手帳を閉じた。

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