6章 Wish I could -ネオンの向こう-

きらびやかなネオンに照らし出された通りを駅へ向かいながら、サラがぽつりと言った。
「きっと、彼女にとってあなたは永遠の存在だわ」
その言葉にエドは、不思議そうな顔をした。
サラはクスリと笑うと
「仮に、仮によ、あなたが他の誰かを愛しても、彼女はずっとあなただけを思ってるわ。……そんな気がするの」
エドは、ふとジェイの言葉を思い出した。
『あの子は、幸せだった思い出の中に閉じこもって、永久にあなたの影と暮らすのよ』
そう言ったジェイの悲痛な表情を、今だって覚えている。そして、何気なく通りの向こうに目をやった瞬間、エドはぴたりと足を止めた。ネオンの光と人に溢れかえる通りの中に、見覚えのある姿があった。
エドは一瞬、我が目を疑ったが、ニットの帽子を被り、大きなバッグを肩にかけて歩いているのは紛れもない、捜し続けたレイの姿だ。
次の瞬間、胸が高鳴り、体中の血液が彼女の方へ向かって流れる様な気がした。
「レイ!」
エドは夢中で彼女の名前を叫んだ。しかし、それは街の喧噪にかき消され彼女までは届かない。
驚いているサラを残し、エドは通りに飛び出した。走ってきた車が急ブレーキを踏みクラクションを鳴らした。
「ばかやろう!ひかれたいのか!」
ドライバーが怒鳴ったが、エドは、そんな声は聞こえていないかのように、夢中で通りを渡った。もう、自分がどこにいるのか、これが現実なのかどうかも分からなかった。
足が砂に埋もれて行くような感覚の中で、エドは彼女の名を呼び続けた。
「レイ!……レイ!」
ざわめく通りの中で、レイはふと足を止め不思議そうな顔で空を仰ぐようにしたが、すぐに地下鉄の駅へ消えて行った。
エドは、その姿を追って駅への階段を駆け下りた。しかし、既に彼女の姿はなく、エドは息を切らせながら壁に寄りかかった。
「レイ……」
この時間にタイムズスクエアから電車に乗ると言う事は、ブロードウェイのどこかで仕事をしているのか、それともどこかのクラスを受けた帰りなのか……。
いずれにせよ、彼女がニューヨークにいると言う事だけは間違いなくなった。
エドは息を整えるように、深く呼吸をした。
間もなく、サラが息を切らせながらやって来た。
「どうしたんですか、一体?!」
心配そうにサラが聞いた。
「……すまない」
「彼女、だったんですか?」
「ああ、彼女だった……。でも見失って……」
そう言ってエドが言葉を詰まらせた。
「大丈夫、大丈夫ですよ。また、必ず会えます。これで彼女がこの街にいる事は確実なんですから」
慰めるようにサラが言うと、エドは黙って頷いた。
レイは、地下鉄でコロンバスサークルへ向かいながら、(誰かが呼んでいる様な気がした)と思った。しかもその声は『レイ』と呼んでいた。
(まさか、エド?)
一瞬、そう思ったが、レイはすぐにそれをかき消した。そんなはずは無い、と。そして小さくため息をつくと、きっと空耳だったのだろう、と窓ガラスに映る自分の顔を見た。
(しっかりするのよ。今更、手離してしまった恋の思い出の中に閉じこもっているわけにはいかないのよ)と心の中で自分に言い聞かせた。
今日は、久しぶりに基礎のクラスでじっくりとレッスンをして来たところだった。舞台に向けて、しっかりと身体を作っておきたかった。来週は通し稽古のためにシカゴにも行かなければならない。
地下鉄を降り、アパートまでの道を歩いていると、再びレイの頭の中をエドの影がよぎった。しかしそれはいつもの事で、今日に限った事ではなかった。踊っているとき以外に、レイの頭の中から彼が消える事などなかった。
(エド、きっとあなたは私を忘れて彼女と……)
そう思うと、レイの心に言いようのない寂しさと切なさが押し寄せた。
(私ったら、何を……、自分が望んだ事じゃないの)
レイは、クスリと笑うと首を横に振った。 パトリックが言ったとおり、私は辛くても踊らなければならない。そして辛さに耐えて踊りきった時、きっと本当に彼の事を過ぎ去った恋として思い出にできるはずだと、そう自分に言い聞かせた。