7章 Traces -ローラ・バークレー-

土曜の昼下がり、BDSのクラスを終えたエドとケニーは、いつものようにラナに入った。
「この間の夜、タイムズスクエアの近くで、彼女を見かけた」
エドがバッグを床に置きながら言った。
「えっ、見かけたって……、彼女をか?」
「でも、途中で見失ってしまって……」
「……タイムズスクエアって。まさか、STEP INで教えている、なんてことはないよな?」
上着を脱ぎながらケニーが聞いた。
「それはないよ。STEP INに聞いてみたけど、ローレンと言う名前の講師もレイと言う名前の講師もいないって」
「そうか……。こっちも少しだけど、情報があるよ。知人にABTのダンサーだった奴がいて、そいつに聞いてみたんだ。けど、ローレン・バークスフォードやレイ・タキザワってダンサーは知らないし、在籍していた事もないって言うんだ……」
「そんな……、確かに4年くらい前までいたはずだ……。いなかったなんて……」
エドが少し動揺したように言うと、ケニーは
「まあ、落ち着けエド、話はまだ終ってないよ」と言って、マグカップのコーヒーをひとくち飲んだ。
「ソリストで4,5年くらい前に足を痛めて退団したダンサーは、覚えてるって。ローラ・バークレーって名前で、とてもいいダンサーだったって」
「……ローラ・バークレー?」
「なあ、彼女は本名以外の名前で踊っていたんじゃないか?聞いてないのか?」
その言葉に、エドは『あの子が本名を使う事は滅多にないけど』とジェイが言っていた事を思い出した。
「エド、彼女の写真はないのか?あれば、そいつに確認してもらうけど」
「ああ、あるよ」
エドはバッグの中を探りながら答えた。そして手帳の中にあるレイの写真を取り出して彼に手渡しながら
「その知り合いと言う人は、今、彼女がどうしているか知っていると?」と聞いた。
ケニーは受け取った写真を見ながら
「いや、退団した後どうしたかは知らないって……」と答えると、
「……あれ?……どっかで、見た事なるなぁ、この美人は」と独り言のように言った。
すると、隣のテーブルのカップを下げに来た店主のマークがその写真に目を留め
「君たち、ローラの知り合いなのか?」と聞いた。
2人が少し驚いて同時に首をひねってマークを見た。
「彼女の事を知っている?」
「ああ、もちろん。よくここへ来るよ。BDSで教えているダンサーだ」
「BDSの?」
マークはケニーが手にしている写真を覗き込むと、
「ああ、ヘアスタイルは違うけど、確かにローラだよ。初めてローラに会ったときはその写真と同じ感じだった」と言った。
「……彼女は」
エドがマークに何か聞こうとした時、ちょうど別のテーブルの客がマークを呼んだ。
「ローラは火曜と、土曜によく来るよ」
マークはそう言うと、その場を離れた。
ケニーはじっと写真を見ながら
「……多分、彼女だ。彼女をブルネットのロングヘアにするとこんな感じだよ」
「知っているのか?」
「いつか、話した事があったろ?土曜のエレメンタリークラスの講師だよ。彼女はブロンドのショートヘアだけど、よく似てる」
「……まさか」
エドが息を呑むようにして言った。よく考えてみれば髪の色など、どうにでも出来るではないか。それに、この前に見た彼女の髪は帽子に隠れていたが確かに短かった。
「ケニー、その講師の名前は?覚えているか?」
「ええと、確かタイムテーブルに名前が……、ネットから出したのを持っていたはず……」
そう言いながらケニーはバッグの中を引っ掻き回すと、しわくちゃになったタイムテーブルのプリントアウトを広げた。
「……ええと、ローラ、……ローラだ」
その次の瞬間、ケニーは、ハッとしたように顔を上げ、エドと視線を合わせた。エドも、同じような表情で、タイムテーブルを覗き込んでいた。
「まさかエド、彼女が彼女なのか?」
「……確認してみないと。でも、きっとそうだ。彼女は日本語を話していたんだろう?」 居ても立ってもいられない様子でエドが答えた。