9章 秋雨 6 -ジェイ-

9章 秋雨

9章 秋雨

キッチンでコーヒーを入れていると、不意にレイの携帯が鳴った。日曜の朝から誰だろう?と思い、着信を見ると画面にはジェイの名前が表示されている。
レイは少し迷ったあと、留守番電話に転送されるギリギリのところで電話に出た。
「Hi、レイ!」
携帯電話の向こうから、やたらと元気なジェイの声が聞こえた。
「Hi、ジェイ。相変わらず朝から元気ね」
「朝からって、もう10時よ」

レイには、ジェイが電話して来た理由が大体分かっていた。昨日はどうだったのかを聞きたいのだ。
バスルームにいるエドを気にしながら、レイは
「ごめんなさい、今、忙しいのよ」と言った。
「あら?今日は仕事の日だったの?」
「そうじゃないけど……。色々と用事があるのよ」
レイは、棚からコーヒーカップを取り出すと、テーブルに置いた。
「……そう、じゃいいわ。明日から私は仕事でハワイだけど、金曜には戻るから店にいらっしゃいな」
「金曜ね。わかったわ」
「お土産買ってくるわ。欲しいものがあったらメールして!じゃあね!」
そう言って、電話は切れた。

「ジェイから?」
ちょうどバスルームから出て来たエドが聞いた。
「ええ、そう。きっと、昨日はどうだったかを聞きたかったのよ」
そう言ってレイは苦笑いした。
「君の事をいつも心配していたからね」
「金曜に、店に来いって。……きっとあれこれ聞かれるのよ」
レイ小さくため息をついてから、仕方なさそうに笑った。
「彼は心配しているんだよ。いつも僕や君の事を気にかけてくれていたから」
「……そうね」
レイは、穏やかに笑うと、カップにコーヒーを注いだ。

ジェイは、携帯電話を切るとため息をついた。
「レイは、何て?」
アーロンがカメラの手入れをしながら聞いた。
「……多分、進展無し、って感じね」
そう言いながらジェイは、ソファにドサリと腰掛けた。
「ったく、エドも何やってるのかしらね。電話しても電源が切られててでないし」
「まあ、そう焦らないで。あの2人には、あの2人のペースがあるんだよ」
アーロンはファインダーをのぞくと、渋い表情をして振り向いたジェイの顔にフォーカスをあわせてシャッターを切った。

金曜の午後7時を少し過ぎた頃、KINGSの扉が開いた。
「あらエド、珍しいわね。金曜のこんな時間に来るなんて。一番乗りよ」
ジェイが、グラスを磨く手を止めて言った。
「たまにはね。やっと仕事が落ち着いたから」
エドは、上着を脱いでクローゼットに掛けると、奥のカウンターではなく、真ん中あたりのカウンター席に座った。そこは、大抵レイが座っている場所だった。

ジェイが、取り出したグラスに丸く削った氷を入れると、カランと軽い音を立てた。
そして、棚からグレンフィディックのボトルを取りだしてキャップをひねると
「で、どうだったの?」と聞いた。
「どうって?」
「だから……、先週の土曜。レイとミュージカルに行ったでしょ?」
少しじれったそうにジェイが言う。
「ああ、そのこと」
「それで、どうだったのよ?」
エドは少し考えるようにしてから
「まあね」と曖昧に答えた。
「まあね、って……」ジェイは思わずため息をつくと、心配そうに
「ちゃんと、気持ちを伝えたの?」と聞いた。
「それはもちろん」
エドが即答したのでジェイは少し驚いて
「じゃ、私はもうあなたたちの心配をしなくていいってこと?」と確認するように言った。
「そうだね」
エドが答えると、ジェイは安堵したように息を吐いて
「あぁ、これでやっと私の心配事が一つ減るわ」と言った。

そしてジェイが、エドの前にロックのグラスを置いた、ちょうどその時、店のドアが開いた。
「Hi, ジェイ。また雨が降って来たわよ」
上着についた雫を払うような仕草をしながらレイが入ってきた。レイは、カウンター席にエドの姿を見つけると、にこりとした。

するとエドは席を立ち、まっすぐ彼女の方へ進むと上着を取りハンガーにかけた。そして何の躊躇いもなく「おつかれさま」とレイをハグした。そんな彼の行動を予想すらしていなかったレイは、戸惑った様子で軽くハグを返した。
ジェイは、そんな2人をポカンとした表情で眺めていた。あの“クソ真面目”で“超奥手”のエドが、目の前でレイを抱き寄せたのだ。
どうせ彼のことだ、せいぜい言葉で伝えたくらいで、手すら握っていないのではないかと思っていたジェイには、まるで信じられない光景だった。
「あらまあ、これは驚いたこと」
思わず、感心したように言った。その言葉に、レイは、少し決まりが悪そうにしながらジェイの方を見た。すると、ジェイは
「もう、レイったら。どうして黙ってたのよ」と恨めしそうな表情で言った。
「……ごめんなさい」
「ま、どうせあなたのことだから、言い出せなかっただけなんでしょうけど」
「何て言っていいか、分からなくて……」
申し訳なさそうにレイが言うと、ジェイは呆れた顔でクスリと笑った。
「まあいいわよ。これでやっとあなたたちにイライラされられずに済むわ」
そう言いながらジェイは、鼻歌交じりに冷蔵庫から冷えたシャンパンを取り出した。

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9章 秋雨

Posted by Marisa