9章 秋雨 5 -告白-

9章 秋雨

9章 秋雨

レイの部屋は広いワンルームで、ダークブラウンのフローリングと同じ色の腰板がついた白い壁には、アンティーク調の間接照明が取り付けられていた。
ベッドルームとは天井までのシェルフで仕切られている。どことなく、イギリスの片田舎を思わせるような部屋だ。アンティークのリビングテーブルと、こげ茶の革製ソファが置かれ、床には落ち着いた赤をベースに美しい模様が全面に施されたモロッコ製のラグが敷かれている。
ソファにはやわらかなカフェオレ色のブランケットがかけられ、ラグの色に合わせたエスニック柄のクッションがいくつか置かれていた。他にはラップトップPCが置かれた小さなデスクと数個の観葉植物の鉢が置かれている、すっきりとした部屋だ。
部屋の照明は、間接照明だけで、あたたかくやわらかな雰囲気を醸し出している。

レイはデスクに置かれた、ブルーのベトナム陶器のトレイに鍵を置くと
「この部屋は、ジェイの知り合いのスタイリストが住んでいたのよ。ちょうど彼女が私と入れ違いに国に帰ることになって、ここを引き継いだの」と言った。

レイはパウダールームのリネン庫から、淡いブルーのバスタオルを持ってくるとエドに渡した。
「バスルームを使って。冷えた身体が暖まるわ」
そう言いながら、彼の上着をハンガーにかけると、壁のフックにそれを引っ掛けた。
「いや、君のほうが……。君はダンサーだ、身体を冷やしちゃいけない。僕のことは構わなくていいから先に」彼はタオルで髪を拭きながら、躊躇っているレイを促した。
「……ありがとう」
レイはエアコンのスイッチをオンにすると
「濡れた服は脱いで乾かして。着たままじゃ風邪を引くわ。……あと、これを。フリーサイズでかなり大きいから大丈夫だと思うけど」
と言って、白地に紺色のトリミングがついたローブを渡した。

レイが薄いブルー地に雲模様がプリントされたローブを着てバスルームから出てくると、エドは、シェルフに並んだ本を見ていた。
「エド、バスタブにお湯をはっておいたわ」
「ああ、ありがとう」エドが本を棚に戻して答えた。
「タオルはカゴの中に用意してあるから、それを使って。その間に何か暖かいものを入れておくわ。ハーブティーでいい?」
「ありがとう」

エドがバスルームに向かうと、レイはフランス製の青いケトルに水を入れ、コンロにかけた。
緊張を解くように小さく息を吐くと、レイはキッチンの壁にもたれかかった。バスルームからはシャワーを使う音が微かに聞こえてくる。彼がこの部屋にいるなど、まだ信じられない気分だった。
コンロの上では、ケトルの中身がしゅんしゅんと小さな音と立てはじめている。レイはハーブの入ったガラス瓶のふたを開けると、白いティーポットの中に数杯入れた。

『私、何をしているんだろう?こんな私はどうかしているの?』
そう考えたあと、小さく首を振ると
『やっぱり、私は夢を見ているのかもしれない』と思った。

やがてシャワーの音が止み、しばらくするとエドがバスルームから出てきた。レイは、英国製の白いマグカップにハーブティーを注ぐと、蜂蜜の入ったポットと一緒にリビングテーブルに運んだ。

カモミールの少し甘い香りが部屋に漂った。

「蜂蜜は?カモミールティーだけど」

レイがすこし緊張した笑顔で聞いた。エドは少しの沈黙の後、その問いには答えず、ソファに腰を下ろそうとしていたレイを引き寄せ、強く抱きしめた。
コントロールしようと思っていた感情が、彼女の顔を見たとたんに、全くコントロールできなくなってしまったのだ。

「エド……?」
レイの脚がリビングテーブルに軽くぶつかり、テーブルの上のポットがカチャンと小さな音を立てた。

「レイ、君を想わない日はなかった……。初めて君と会ったときから、ずっと……」
エドが囁くような声で言った。
その言葉に、レイの身体の奥から、再び甘く切ない痛みがこみ上げた。

遠く、雨音が聞こえている。これは、現実なのだろうか?そう思いながらレイはゆっくりと目を閉じた。

「……エド、私もよ 」 ほんの少しかすれた声で、レイが言った。

スポンサーリンク

9章 秋雨

Posted by Marisa