11章 ノエル 3 -KINGS-

11章 ノエル

「今日は、午後のレッスンで終わりね」
「そうね。終ったら、さっさと片付けて店に行かなくちゃ」
カフェで昼食を済ませたレイと千夏が、今夜のパーティーについて話しながら、オフィスに戻って来た。

「始まるのは8時半からだから、6時に行けば十分ね。エドは?来られるの?」
千夏がエントランスの扉を開けながら聞いた。
「ええ、時間ぎりぎりになるけど、来られるって」
「相変わらず忙しそうね、彼」
「みたいね。年末だからって言っていたけど……」
2人は話を続けながら、オフィスの中に入って行った。そのすぐ後、立川安紗美がゆっくりとエントランスの扉を開けた。

(確か、8時半だって言っていたわ。彼も来るって……)

二人のすぐ後ろを歩いていた安紗美は、彼女たちに気付かれぬよう、二人の話に耳をそばだてていたのだった。

5時を過ぎた頃、すべてのクラスが終ると、レイと千夏は手早く片付けてオフィスを出た。KINGSでは、ジェイとアーロンが慌ただしくパーティーの準備をしているところだった。
カウンターにはお皿やグラスが並べられ、ジェイが盛り付け途中の大皿を、いくつも並べていた。
店の奥にあるテーブル席は片付けられており、すっきりと広くなったスペースには大きなクリスマスツリーが飾られていた。そのツリーの飾り付けをしているのはアーロンだ。
「ジェイ、手伝うわ」
2人が荷物を床に置きながら言った。
「ああ、ありがとう。じゃあ、ナツはこっちを手伝ってくれる?レイはアーロンを手伝って」
レイは言われた通り、店の奥にある大きなツリーのところへ向かった。

「もの凄く大きなツリーね。どうしたの、これ?」

天井にまでくっつきそうなツリーを見上げて、少し驚いたようにレイが言うと、脚立の上からガラスのオーナメントを手にしたアーロンが
「いいでしょ?知り合いから借りて来たんだよ。」と答えた。
「さて、と。じゃあ私は何を手伝えばいいのかしら?」
「そこに、バラがあるんだけど、それをそこのキャンドルたちと一緒にセンスよくアレンジしてくれる?」
そう言われて、アーロンの視線の先を見ると、カウンター下のバケツに真っ赤なバラとユーカリ、ヒバ杉の束が挿されていた。そして、カウンターの上には真っ白なキャンドルと、松ぼっくりが入った籠がある。
「あ、アレンジ用のベースとオアシスはバケツの横のダンボールの中ね」とアーロンが付け加えた。
「オーケイ、素敵なクリスマスカラーね」
レイは、ハサミを手にすると、バラとユーカリの枝を手早くカットしてフラワーベースに挿していった。母がフラワーデザインの仕事をしていたせいか、レイは花を扱うのが少しばかり得意だった。

「さあ、そろそろあなたたちの準備をしなくちゃね。上に行くわよ」
ジェイが手を拭きながら言った。
「そうね。一応準備オーケイってとこだし」
千夏が、大皿をカウンターに置きながら答えると、レイも最後のアレンジをテーブルに置き
「こっちも、オッケー。準備完了」と言った。
「アーロン、彼女たちが終るまで見ててくれる?まだ、誰も来ないと思うけど」
「オーケイ。2人ともきれいにしてもらうんだよ」と言うと、にっこり笑ってウインクした。
相変わらず、彼はチャーミングだ、とレイは思った。

アトリエへ上がると、ジェイは
「ナツのドレスはこっち。レイのはこっちね。靴はそこ」とカバーのかかったドレスを手渡した。
それは、今日のパーティーのために、ジェイが“手配”したものだった。千夏のドレスは、上品な光沢を放つ深いボルドー、レイのドレスは淡いグリーンに繊細なレース生地が重ねられたものだった。
どちらも、シンプルでシルエットの美しいイブニングドレスだ。

「わあ!素敵!」
2人が同時にそう言った。

「さっ、着替えたら、ここに座って。メイクとヘアをやるから。2人とも、さっさと着替えて」
ジェイに促されて、2人はアトリエの奥にあるドレッシングルームへ入って行った。

先に着替えたレイが、慣れない場面に少し緊張して鏡の前に座ると、普段は殆どメイクをしないレイの顔を、ジェイの手が美しく仕上げていった。いつもふざけてばかりいるジェイが、プロのアーティストの表情になっている。

「さすがにプロね」
千夏が感心したように言う。
「レイ、普段も少しはメイクしなさい。こんなにきれいになるんだから。もったいないわよ」
ジェイがレイの唇に仕上げのカラーを塗りながら言った。強い色は使わず、光をちりばめた様なメイクは、レイの上品な顔立ちをより美しく見せていた。そして髪を手早くふんわりとまとめ上げると、繊細な光を放つスワロフスキービーズのピンを散りばめた。

「はい、終わり。じゃ、次はナツ。ここに座って」

ジェイは、大人っぽくシャープなイメージで千夏のメイクをしていく。それは千夏の美しい黒髪を、とてもよく引き立て、それはまるで女優のような美しさだった。

支度を終えた2人が、店へ降りてゆくと、シャンパンをワインクーラーにセットしていたアーロンが手を止めて

「2人とも、とても素敵だよ」と目を輝かせて言った。
「アーロン、あなたも着替えてきて。ここは私たちが見ているから」
レイがそう言うと、アーロンは用意したシャンパンの本数を確認してから
「じゃあ、お願い」と言ってアトリエへ上がっていった。

2人は、入り口のあたりに立つと、改めて店内を見回した。大きなクリスマスツリーが飾られ、店内はキャンドルの光に照らし出されたグラスが暖かい光を反射してキラキラしている。

「こうすると、いつもおかしな連中が集まってるバーには見えないわね」

千夏が両手を腰に当てて言うと
「本当ね。ちょっとしたレストランのバーに見えるわ」とレイも感心したように言った。

「あとは音楽ね……」
千夏がタブレットをセットすると、ジャズアレンジしたクリスマスソングが店内に流れはじめた。それは、アーロンが今日のために選曲して作ったプレイリストだった。

2人がそれに合わせて、ふざけるように踊っていると、タキシードに着替えたジェイが降りてきた。

「ジェイ、サマになってるわね。王子様に見えるわよ」
千夏が茶化すように言って、軽くレベランスをして見せた。
「あーら、当然でしょ」
ジェイはニヤリと笑った。

「さて、と。そろそろみんな来る頃ね」
壁の時計を見ながらジェイは言うと、入り口の近くに小さな丸テーブルを出し、花を飾って招待客を迎える準備を整えた。
「去年のバカ騒ぎとは大違いね。きっとみんな驚くわよ」
千夏が改めて店内を見回しながら楽しそうに言った。

しばらくすると、招待された人達がバラバラと店にやってきた。レイたちはお互いの見慣れない格好を冗談まじりにからかってみたりしながら、彼らのコートや荷物を預かった。

ジェイが、用意した“衣装”に着替えるお客を連れて、店とアトリエの階段を何度も往復する傍らで、いつの間にか着替えを済ませたアーロンがお客を迎えながら、グラスをカウンターに並べ、シャンパンの栓を緩めている。

店の奥の大きなツリーの下にはプレゼント交換用の包みが次々と置かれ、店の中が次第に賑やかに華やかな雰囲気になってきた。

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