11章 ノエル 1 -心の陰-

11章 ノエル

11月も半ば、色づいた街路樹の殆どは舞い落ち、秋も終わり冬がそこまでやって来ていることを告げていた。土曜の午後、レイはジェイと2人、カフェの窓際に座っていた。

「へえ、そんなことがあったの」
ジェイが驚いて言った。

「……私、自分がものすごく嫌な女だって思ったわ」
レイがそう言うと、
「どうして?嫌な女はあっちでしょ?」と不思議そうに聞いた。
「彼女の目の前で、エドが私の肩を抱いたとき、思ったのよ。“彼が選んだのは私よ”って。傷ついて泣いている彼女を目の前にして、よ。……私、ものすごく嫌な女だわ」

レイは少し落ち込んだように言った。

「何を言ってるのよ。そんなことくらい、誰だって思うわよ」
「でも、彼女の気持ちを考えると……」
「だからって、彼を彼女に譲れるわけじゃないでしょ?」
ジェイが呆れた顔をした。
「それはそうだけど……」
「今までは、ずっとあなたが傷ついてきたじゃないの。今度はあなたが幸せになる番なんだから、それでいいの!自分のことだけ考えなさい」

レイは、未だにすっきりしない表情で、コーヒーをひと口飲んだ。
「そんな顔しないで。誰も傷つかない恋愛なんてないのよ」
「そうかもしれないけど……」
そう言うと、レイは心の中に引っかかっている何かを気にするように小さく息を吐くと、ゆっくりと窓の外を見た。
レイの横顔を見ながら、ジェイは『彼女は自分が傷ついてきた分、人の痛みにも敏感なのだ』と思った。

「……それに、私、怖いのよ」

「怖いって……、何が?」
ジェイは、レイの言っている言葉の意味が理解できずに聞いた。

「ブレーキが外れてゆくのが……。私、自分の気持ちをコントロールできない……」
レイは、自分自身に戸惑うように言うと、下唇を噛んでうつむいた。

「……エドとのことを、言っているの?」

ジェイが聞くと、レイは黙って頷いた。
「私、何もかも忘れてしまうわ。自分が何者なのかも。……彼といると、彼の事しか考えられない」
「そんなものでしょ?好きな男といるんだから」
ジェイがケロリとして言った。
「でも、私は……」
そう言いながら、レイは顔を上げた。

「でも、何?また彼はオークリッジ家のご子息だからとか、自分の出生だとか、言うつもりなの?」

ジェイはレイの顔を、見据えると
「バカバカしい。どうでもいいじゃない。あなたは彼を愛していて、彼もあなたを愛している。彼の事しか考えられないなら、それでいいじゃないの」と言った。そしてコーヒーをひと口飲むと
「彼は、あなたがルイーズの娘だと知ったところで、動じやしないわよ。彼を信じなさい。……時期を見て、話せばいいわよ。彼はちゃんと理解してくれるわ。私が保証する」と言葉を続けた。

「……やっぱり、いつかは話さなければならないのかしら、ね」
レイは少し不安な表情をした。
「ほら、そんな顔しないの!心配しなくても大丈夫よ」
ジェイがなだめるように言うと、レイは仕方なさそうに微笑んだ後、手元のコーヒーカップに視線を落とした。

「ね、ところでナツは?」
ジェイが聞くと、レイは彼のほうに視線を戻し
「もうすぐ来るはずよ。3時には来られるって言っていたから」と答えた。
「そう、じゃあそろそろね」
「ところでジェイ、私たちを呼び出した理由は何なの?しかも外のカフェでなんて珍しい」
「あら?私だって、たまには店以外でお茶を飲みながら友達と話をしたいわ」
ジェイは少し口を尖らせて言った。

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