12章 冬の気配2 -夢-

確かに、バークスフォード家がレイの存在を知っているのか、またその存在を認めているのかも分からない。エドの話では、ルイーズに娘がいたと言う事実は知られていない。レイの言う通り、彼女はバークスフォード家にとって存在しない人間なんかもしれない。
一体、彼女がエドに自分の出生を話すことで、恐れているのは何なのか。自分が生きて存在している事が、バークスフォード家に知れる事なのか、それを知ったエドが、自分からはなれて行くかもしれないという恐れなのか……。
「レイ、あなたは何をそんなに恐れているの?」
「恐れる?」
レイはジェイの言葉に少し驚く様な表情をして言った。
「私は、何も恐れてなどいないわ。」
「じゃあ、何故エドに話せないの?話せないのは、何かを恐れているからじゃないの?」
レイは少し考えるようにした後、目を伏せ
「……そうね」と静かに言った。
そして、顔を上げ
「彼が私のために何かを犠牲にすること。彼が私のために選択を迫らること……。いいえ、私は自分が傷つくことを恐れているのかもしれないわ」と続けた。
レイは、少し冷め始めたコーヒーを飲むと、ため息のように小さく息を吐いた。
「……永久に彼との時間が続けばいいと、そう思うのは事実だわ。けれど、……私はそんな夢を見ちゃいけないのよ」
「そんなこと……、そんなことを誰が決めたの?レイ、あなたは自分の過去に縛られすぎてるんじゃないの?」
「何度も話そうとは思ったわ、……何度も。……でも、結局話せなかった。彼が私から離れてしまうんじゃないかって。……ああ、何だか言っている事が矛盾しているわね、私」
レイは自分自身に呆れるようにクスリと笑った。
「……エドは、ずっと日本にいるわけじゃないわ。イギリスに戻るつもりはないって言っていたけど、でも、いずれアメリカには戻るのよ。そうなったら、レイ、あなたはどうするつもりなの?」
レイは、少し寂しそうな目をしたきり、ジェイの問いには答えない。
「ねえレイ、彼の気持ちも少しは考えてみたら?彼はあなたを愛しているのよ」
少し咎めるようにジェイが言う。
「真実を話すことが、必ずしも最善ではないわ。知らずにいたほうがいい事だってあるのよ。彼の人生を通り過ぎてゆく存在なら、なおさら」
「……そんなことを言って。レイ、あなたはんなに簡単に彼から離れられるの?」
レイは、また窓の外に視線を移し、遠いところを見るようにしたあと、ぽつりと言った。
「……どんな夢も、いつかは覚めるものよ。それがどんなに幸せな夢だとしてでも」