12章 冬の気配4 -クリスティ-

12章 冬の気配

chapter12

どうやって知ったのか、ロンドンに滞在している事を知った父親から連絡があり、渋々ロンドン郊外の家に戻ると、父と継母のアメリア、そしてクリスティ・リングトンが彼を迎えた。

10歳近く年下のクリスティは、エドにとって、幼い頃を知る妹の様な存在だった。柔らかな金髪の巻き毛にブルーの瞳を持つ、とても愛らしい女の子だった。そんな彼女がもう大人の女性に成長している。それは、自分が長い間ここに戻らなかった事を目に見える形で物語っていた。しかし、なぜ彼女が両親と共にここにいるのか、不思議に思った。

家の中は、今ではすっかりアメリアの趣味で飾られ、まるで他人の家にいるようだった。落ち着かない気分のまま、居間のソファに腰を下ろすと、使用人がお茶を運んできた。

「仕事は、順調なのか?」
父親のジョージ・オークリッジが聞いた。エドは、紅茶の入ったティーカップを持ち上げながら、ジョージとは目を合わせず
「ええ、もちろん」と答えた。
「日本には、いつまでなんだ?」
「さあ?ずっとかも知れませんし、突然アメリカに戻るかもしれませんし、わかりませんよ」
答える気などない、という風にエドが答えると、ジョージは
「クリスティは、日本でもアメリカでも行くといっている」と言った。

エドは、怪訝な顔で、ジョージと視線をあわせた。

「彼女と、私の仕事と何の関係が?」

「リングトン家もお前とクリスティが婚約することに賛成でね、何より彼女がそれを望んでいる。お前だって文句はないだろう?彼女と結婚するんだ」
一方的に婚約を言い渡されたエドが目を丸くしながら
「……何を、言い出すんですか?私は結婚など」と言いかけると
ジョージはエドの言葉を遮り、
「お前もいい年なんだ。いい加減、結婚して家を継ぐ覚悟を決めろ」と少し威圧的に言った。
「何を今更……。私は家を継ぐ気も、婚約する気もありませんよ」
エドが半分呆れたように答えると、少し離れたところにいたクリスティが
「エドワード、そんな風におっしゃらないで。私はずっとあなたの事を……」と不安げな表情で言いながら、彼の傍へやってきた。

「……クリスティ。君の事は妹のように思っている。でも、君とは結婚できない」
エドが言い辛そうに言うと、クリスティは表情を曇らせ、美しいブルーの瞳を潤ませた。

すると、アメリアが少し大げさに「まあエドワード、女性を泣かせるものではなくてよ。クリスティのどこがご不満なのかしら?あなたには勿体無いくらいのお嬢さんよ」
と言うと、エドは表情を硬くして

「私は自分の結婚する相手は自分で決めます。あなたがたの指図は受けない」と言った。「どうして、私ではいけないの?」
クリスティがすがるような表情で聞いた。
「すまない、クリスティ。……僕にはもう決めた人がいるんだよ」
エドが言い聞かせるように言うと、クリスティの目から涙がこぼれ落ちた。彼の言葉を聞き逃さなかったジョージは
「決めた人がいる、だって?」と眉を吊り上げた。

エドは、まっすぐ父親の目を見据えると
「ええ、日本に。私は彼女と結婚するつもりです」と言った。
「……そんな、そんな勝手は許さんぞ、エドワード」

「勝手ですって?勝手なのはあなた方のほうでは?もう私は、あなた方の言いなりにはなりません」
厳しい顔つきで言うと、エドはさっと立ち上がった。

「エドワード、まだ話は終っていないぞ」
ジョージが少し声を荒げた。

「これ以上話しても時間の無駄ですよ」
エドは静かに言うと腕の時計をチラリと見て
「もう、戻らなくては。仕事がありますので」と言った。
「エドワード、仕事など……」
ジョージがそう言いかけると、エドは鋭い一瞥を彼に送った。一瞬、ジョージがその視線に怯むようにすると、エドは 「失礼」と踵を返した。

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