12章 Forever and ever -願い-

着替えるから、と部屋を追い出されたパトリックが外の空気を吸いに外に出ると携帯電話が鳴った。エドだ。
「パトリック?今戻ったから、これから出るよ」
「ああ、わかった。じゃあ病院の前のカフェで会おう。ローラの事で色々と話しておきたい事もあるし」
「オーケイ、じゃあ10分後に」と電話は切れた。
エドの声からは、以前とは違い明るさが感じられた。パトリックは髪の毛をくしゃりとかきあげると、ローラの今の状況をどう話すべきか、と考えた。
(まいったな……、どう話したらいいんだ)
カフェに入ると間もなくエドがやって来た。一度、家に戻ったのかデニムとカジュアルなシャツの上にコートを羽織っている。
パトリックは、何から話そうかと考えながら
「今、アンがローラの世話を焼いているよ。着替えだの何だのってね。……まったく女は身支度に時間がかかるからな」と言って苦笑いした。
「本当に、今日連れて帰っても大丈夫なのか?」
「ああ、大丈夫さ。ただ……」
パトリックが、迷ったように言葉を途切れさせると、エドは不安そうに彼の目を見た。
「ただ、何だ?」
「……今のローラは、お前の知っているローラとは違うかもしれないんだ」
「違う?」
「ああ。……俺の知っていたローラは、おとなしいけど芯が強くて……、滅多な事では感情的にならない、そんなダンサーだったよ。……でも今は、とても不安定で、弱々しくて、泣いてばかりいる」
パトリックは、そう言ってうつむいた。
「……彼女はいつも強がって、頑張りすぎてしまうって、ジェイが言っていた。実際、彼女はとても繊細で傷つきやすくて……」
エドが思い返すように言うと、パトリックは懇願するような目で、彼を見て言った。
「お願いだ、ローラに優しくしてやってくれ。今の彼女は、お前が見た事がない彼女かもしれない。バカなことばかりして……、でも、どうしようもなかったんだよ。お前がいなくて、どうしようもなかったんだ、だから……」
「ああ、もちろんだ」
エドは、穏やかな口調で言った。
「ローラは、お前がそばにいれば、もうこれ以上おかしな事は考えない」
パトリックがそう言うと、エドが怪訝な顔をして
「おかしな事?」と聞いた。
パトリックは、一瞬『しまった』という表情をした後、テーブルに視線を落とし、髪の毛をくしゃりとつかんで静かに息を吐いた。そして覚悟を決めたようにゆっくり顔を上げると、言い辛そうに
「……意識が戻ってから、何度も死のうとしたんだよ。……ついさっき、お前が来る前にも」と言った。
「……どうして」
エドは絶句すると、愕然とした表情をした。
「お前が迎えに来る事を知らせにきた矢先だった……。ローラは、お前が来る事をまだ知らなくて、だから……。彼女は、お前がいなければ生きていられないんだよ。……エド、彼女を本当に愛しているのなら、もう二度と彼女を離さないでくれ。そばにいてやってくれ、お願いだ。もう、あんな彼女は見たくない……」
エドは、声を震わせて言うパトリックに、深く頷くと
「……大丈夫だ、もう二度と彼女を離しはしない」と言った。
パトリックは、その言葉に安堵するように、コーヒーをひとくち飲んだ。
「退院も、医者の判断じゃないんだ。……医者は彼女の心のケアをしてからって、そう言ったけど、カウンセラーも薬もローラにとって何の意味もない。お前がそばにいるのが一番いいと、俺が思ったからだ。だから、無理矢理なんだ……、退院は……」
申し訳なさそうに言うパトリックに、エドは
「パトリック、君が謝ることなど何もないよ。君はレイを救ってくれた」と言った。
「……本当に彼女を救うのはお前だよ」
そう言いながらパトリックは時計を見ると
「そろそろ、行くか」と隣の椅子に置いていた上着を掴んだ。
「ああ」と立ち上がったエドの表情に緊張の色が浮かび上がった。