5章 Giselle I -ジゼルの恋-

5章 Giselle I

5章 Giselle-1

週末になると、パトリックはレイとのリハーサルのためニューヨークまでやってきた。

スタジオに入るとパトリックはジゼルの音楽を流しながら
「ローラ、君はジゼルをどう踊りたい?」と聞いた。

「……そうね。……ジゼルは純粋すぎるくらい純粋よね。自分を裏切った恋人を死んでもかばうなんて」

レイは上着を羽織りながら答えると、小さくため息をついて床に座り、脚を伸ばしながら、

「ジゼルは自分を裏切ったアルブレヒトを恨むどころか、死んでしまっても彼を愛しているわ。彼の自分への気持ちが本物だったかどうかも分からないのに。……きっとジゼルは、自分の彼を想う気持ちだけが真実だったのよ。それは裏切られても死んでしまっても変わらない。そして彼女が願ったのは、きっと彼が幸せに生きる事だったと思うわ。たとえ彼が自分の事を忘れ去っても、それで彼が幸せに生きられるならそれでいいって。ジゼルは彼を死んでしまった自分から解放したかったのだと思うわ」と言った。

「オーケイ、わかった」

「パトリックあなたは?どうアルブレヒトを踊る?」

「俺のアルブレヒトね……」
パトリックはレイの向かいに座った。

「アルブレヒトは、ジゼルを本気で愛してなんかいなかった。ただ、可愛らしい村の娘にちょっかいをだして、恋を楽しんでいただけだ。だから、婚約者のバチルドが現れたときも、ジゼルのことを誤魔化そうと必死だ」

「……つまり、遊び人ってことね」と少し呆れた顔で言った。

「ジゼルは彼に裏切られたことを知って、ショックで死んでしまうだろ?そこでアルブレヒトは嘆き悲しむんだけど、彼が嘆き悲しむのは、ジゼルの死そのものじゃなくて、自分のせいで彼女が死んでしまったと言う事実に嘆き悲しむのさ」

「……それって、ジゼルの死を嘆くのと同じじゃないの?」

「いや、違うよ。もちろん、ジゼルの死は悲しむべきものだけど、それ以上に、彼女を死なせたという憂鬱な事実をしょって生きることを嘆くんだ。彼女の死で自分の人生にケチがついたってね」

パトリックがそう言うと、レイは目をぱちくりさせた後、ため息をつきながら

「最低の男だわね……」とこめかみの辺りを押さえた。

「まだまだだよ」パトリックはにやりと笑った。

「2幕で、アルブレヒトがジゼルの墓までやってくるけど、この時、彼が感じている後悔と悲しみは全て自分のためのものだ。彼女に許しを請って、許されることで自分自身が背負っている重いものから解放されたいだけなのさ」

「でも、ジゼルはアルブレヒトを愛しているから、彼を殺そうとするウィリたちから彼を守るのよ」

そう言った後、レイは「……バカよね」と呟くように言った。それは、エドの影と暮らし続ける自分自身とジゼルを重ねて言ってしまった言葉だった。

「でも、アルブレヒトは、死んでなお自分を守ろうとするジゼルを見るうち、だんだんと自分が彼女にどんな仕打ちをしたのかに気付き始めるんだ。そして、初めて彼女を死なせてしまったことを心から後悔する。ジゼルがどれほど自分を愛しているかを知って、彼女のために涙を流す。……ジゼルの死によって彼は本当の愛を知るんだよ。君のジゼルは、自分から解放して彼が幸せになる事を願ったけど、彼はジゼルに助けられた事で、心は永遠にジゼルの魂に寄り添うんだ。それがアルブレヒトにとっての幸せさ。……彼は、一生結婚もせず、ジゼルの影と思い出に埋もれて、後悔しながら暮らすってところだな」

パトリックの言葉に、レイはドキリとした。最後の一言は、まるで自分の事を言われているようだった。

「……なんだか悲しい気分になるわ。ジゼルって」

レイが沈んだ声でそう言うと、パトリックは

「そういう悲しい物語だよ、ジゼルは」と言った。

「さて、と。まず1幕のジゼルのバリエーションから、どう踊る?」

「恋をして幸せなジゼルね。アルブレヒトに騙されているとも知らず、彼女はとても幸せで楽しい気持ちよ」 そう言いながら、レイは胸の奥に切ない痛みを感じた。

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