5章 Giselle I -シカゴ-

5章 Giselle I

5章 Giselle-1

8月の初旬、レイはジョージ・スター・バレエ団の本拠地があるシカゴへ向かった。

団員たちとの顔合わせのためだったが、レイは少し気が重かった。いきなり、主役を踊ることになった自分を皆がどんな目で見るのだろう?と。かつてABTのソリストだったと言うだけで、長い間舞台に立っておらず、今は無名のダンサーだ。そんな自分を皆が快く受け入れてくれるはずはない。

「覚悟しておかなくちゃね……」

シカゴへ向かう飛行機の中で、レイはため息混じりにそう呟いた。

パトリックに連れられて稽古場へ入ると、団員たちの目がいっせいにレイに注がれた。

「……ねえ、彼女よ。本当に踊れるの?」
「ABTのソリストだったんだろ?」
「それ本当の話なの?見たこと無いわよ、私」
「あら、私は見たことあるわよ。彼女のオーロラ素敵だったわよ」
「でも、4年前の話だろ、今はどうか分からないさ」

団員たちがひそひそと話すのがレイの耳にも入って来る。予想した通り、自分はあまり歓迎されていない。ああ、嫌な空気だ、と思った。

緊張気味のレイにパトリックは
「踊って証明してやるしかないさ。自信を持って」と言った。
レイは黙って頷くと、床に座って体を伸ばし始めた。

やがて、バーレッスンが始まると、周囲の視線を浴びながら、レイは彼らに促され中央付近のバーについた。レイは軽く目を閉じ深呼吸すると、

(音楽以外は何も聞くことはない。誰の視線も気にする必要はないのよ)と心の中で自分に言い聞かせた。

バーレッスンが終わり、センターになる頃には、団員たちがレイを見る目は変わってきていた。複雑なアレグロを軽やかに踊る姿を見ながら
「あれくらい、当然だろ?ABTの元ソリストなんだから」と囁く声がする。
パトリックが汗を拭いながら、その声の方をチラリと見ると、声の主は決まりが悪そうに視線を外した。
「やっぱり、上手いわね、彼女。変わってないわ」
隣に立っていたリュシーがパトリックに言った。さっき、レイのオーロラを観たと言っていたダンサーだ。
「……楽しみだわ。彼女のジゼル」
「余裕だな、リュシー。君とダブルキャストになろうってのに」
パトリックの言葉に彼女は”ふふふ”と笑うと
「まだ団員になって間もない頃、ガラ・コンサートで彼女のオーロラを観て、憧れたわ。あんな風に踊りたいって。だから私、ものすごく嬉しいのよ。彼女と踊れるなんて」と言った。
「へえ、そんな話初耳だな」
「彼女の踊りは派手じゃないけど、とても繊細で、何て言うのかしら……、凛とした美しさがあるわ」

踊り終えたレイがパトリック達の方へ戻って来ると、
「ローラ、素敵だったわ」とリュシーが声をかけた。 団員たちからは受け入れられていないと思っていたレイは、少し驚いて、目を丸くした。何か話そうと思ったが、すぐに次のアンシェヌマンが始まったので、レイは慌てて振りの確認をした。

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