5章 Giselle I -告白-

5章 Giselle I

5章 Giselle-1

レイの話を聞き終わると、パトリックは少し戸惑った表情をしたまま黙り込んだ。何と言葉をかけたらいいのか分からなかった。

レイは、そんなパトリックの表情を見ると、困ったように口の端だけを上げて小さく笑ったあと、視線を自分の足元に移しながら

「複雑なのよ、色々と……。最初からこうなるのが分かっていた筈なのに、私が夢を見てしまったの。私が現実を見なかったせいで、結局、彼を傷つけてしまった……。私があまりにも身勝手だったのよ」と言った。

「彼はこの事を知っているのか?」

「いいえ、知らないわ。何度も話そうとしたけど、話せなかった」

「……真実を知ったところで、君から離れるような奴じゃないだろう?彼は」

「だからよ。だから、私から離れるしかなかったの……。私がいなければ、きっと彼は誰からも祝福されて幸せになれるわ」

レイは、下を向いたままそう答えながら、視界の中にあるトゥシューズの淡いピンク色が次第に滲んで見えてくるのが分かった。

「……俺はそうは思わないね。あいつが愛していたのは君だろう?その君を失くして幸せでなどいられるはずないじゃないか」

パトリックがそう言い切ると、レイの瞳から涙がこぼれた。

「君は日本に戻った方がいい。そして彼と会うんだ」

「……だから、もう遅いわ。遅すぎるの」

「遅すぎるって、彼がその婚約者と結婚するからなのか?君がそう思っているだけだろ?本人から聞いたのか?」

「……彼には、一切連絡をしていない。彼は私がどこで何をしているかも知らないし、ローレン・バークスフォードという本名も、ローラ・バークレーと言う名前も知らないわ」

指の先で涙をぬぐいながら、レイが顔を上げた。

「知らないって……?!本名はともかく、彼は君の日本名しか知らないのか?!」
パトリックは目をまん丸くして驚いた。

「日本では日本名しか使っていなかったから……。さっきも言った通り、彼は私の出生について何も知らないのよ」

パトリックは、困惑したような表情をして「俺には良くわからないよ」と言った。

「もう、どうにもならないのよ、どうにも……」

パトリックは、困ったように天井を見上げた後、床の上に視線を戻すと、くしゃりと髪をかきあげてため息をついた。

「ローラ、そう思うなら、君がもう彼の元には戻れないと思っているなら、前に進むしかないじゃないか。君の言うとおり、自分で起こしてしまった事に後悔しながら生きるわけにはいかないんだ。今の君には酷かもしれないけど、泣きながらでも踊るんだ。これからも踊って行くつもりなら、君のその辛さを踊りに生かすことだ」

パトリックはそう言うと、レイの腕を取った。

「さあ、踊るんだ」

レイが、目を見開いて戸惑うようにパトリックを見ると、彼はレイの両肩に手を置き、しっかりと言い聞かせるように言った。

「舞台に立つ事もなく、あいつとの思い出に埋もれて後悔しながら生きるならそれでいい。でもそうじゃないなら、……前を向いてダンサーとして生きたいと思うなら踊るんだ。君が少しでも、前に進みたいと思っているなら……!」

レイは、下唇を噛み締めるとバーにかけていたタオルを取って、涙を拭った。

「ローラ、辛いなら、辛いと言っていいし、悲しいなら泣けばいい。でも、その気持ちを無駄にするな」

レイは軽く深呼吸すると、窓の外の遠くを見るようにした。そして、パトリックの方に向き直ると、心の痛みを押し殺すように 「……もう、私は戻れない。あなたの言う通り、私は乗り越えなきゃならないのね」と言った。

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