15章 微熱 1 -心の影-

15章 微熱

夕方のクラスを終えたレイが、少し疲れた表情でオフィスに戻って来た。

「レイ、大丈夫?なんだか疲れた顔をしているわよ」
心配そうに千夏が聞いた。
「ええ、大丈夫。ちょっと風邪気味なのよ。今年の風邪はしつこいわ」
レイは、うんざりしたように微笑むと、IDカードを戻し、ロッカールムへ入った。きっとクリスティの事で疲れきっているのだ、と千夏は思った。

今、レイはエドの部屋で、彼と一緒に暮らしている。少しでも彼女を不安にさせまいとエドが提案したのだ。
しかし、クリスティの事は依然として決着がつかない状況のままで、千夏に言わせれば、クリスティは完全に『クレイジー』だった。

数日前、スタジオ―つまりレイに宛てて―とエドの部屋に送られてきたのは、結婚式の招待客リストとドレスのカタログで、その招待客のリストにはレイの名前まであって驚かされた。
レイに宛てた方には、『恥をかかないよう、これでマナーを勉強してからいらっしゃって』とメモを添えたマナーブックまで同封されていた。それを見た千夏は憤慨したが、レイは大きくため息をくと、少し苛ついた仕草で、それらをゴミ箱に投げ捨てた。

千夏はそんな事を思い出しながら、
(どうにかできないものかしらねぇ)とため息をつくと、書類をクリップでまとめた。
その時だった。ロッカールームから、ガタンと大きな音が聞こえてきた。驚いた千夏が、ロッカールームの扉を開けると、レイが床に崩れ落ちるようにしていた。

「レイ!どうしたの?!大丈夫?」

慌てて駆け寄ると、レイは目を閉じたまま
「ごめん……、貧血……」と言った。

千夏は自分のロッカーからタオルを取り出すと、それを丸めて枕にして、レイを横たわらせた。そして、レイが羽織っていた上着をかけると

「少し、横になって。何か飲む?」と聞いた。
「大丈夫……、ありがとう」
「もう、今日はクラスもないし、落ち着くまでそうしてなさいよ。エドに電話しておく?」
「いいえ……、仕事が忙しいみたいだから。余計な心配はかけたくない」
「本当に?じゃあ、帰りは私が送って行くから、いい?」
有無を言わせぬ口調で千夏が言うので、レイは黙って頷くしかなかった。
「もし、気分が悪くなったらすぐに呼ぶのよ。扉は開けておくから」
そう言って千夏がロッカールームを出て行くと、レイは情けなさそうにため息をついた。貧血で倒れるなんて、今まで1度もなかったのに、と。

先月から、ずっと風邪気味でそれが胃腸に来ているのか、何となく気分も悪い。

きっと疲れているのだ、と思った。 そして、疲れているのは自分だけでなく、エドも同じだと感じていた。頻繁に掛かって来るクリスティからの電話に、神経をすり減らしているように見えた。彼がどんなに冷たくあしらっても、彼女は決して諦めようとはしなかったからだ。

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15章 微熱

Posted by Marisa