5章 Lauren 1 -波立つ心-

もうひとつのジゼルの物語-東京編-,5章 Lauren

いつの間にか、季節は緑のまぶしい夏になろうとしていた。あの日、立川安紗美と嶋田の姿を見て以来、レイの心は波だってばかりだった。心が軋んでどうしようもなく、それを収めるには、踊る以外の方法を彼女は知らなかった。

その日も皆が帰ってしまった後、1人スタジオで踊っていると、不意に携帯電話が鳴った。誰とも話したくない気分だったが、着信を見るとジェイだったので、仕方なく電話に出た。

「レイ?今夜来られない?最近来てないでしょ、たまには話を聞きたいんだけど」
「今日は店、休みでしょう?」
「いいのよ。いらっしゃいよ。誰にも気兼ねなくゆっくり出来るわよ」
正直、1人でいたい気分だったレイは、
「ええ、でも今日は……」と少し渋るように答えた。

スタジオには白鳥の音楽が流れている。

「あら?レッスン中だったの?白鳥?」

そう言われて、レイはあわててボリュームを絞った。
「ええ、でもレッスンってわけじゃ……」
「じゃ、帰りに寄りなさいよ。どうせ食事はまだでしょ?何か作っておくからいらっしゃい」

少し考えてからレイは、1人でいるよりもジェイと話していた方が、気が紛れるかもしれない、と思い
「……わかった。じゃあ1時間後に」と言って電話を切った。

レイは大きくため息をつくと、目にも留まらぬ早さでピケターンをスタジオの端から端まで繰り返した。

レイがKINGSについたのは約束の時間より30分過ぎた頃だった。

「いらっしゃい。呼びつけてごめんなさいね」
「あなたに呼ばれたんじゃ、来ないわけにはいかないわ」

そう言って仕方なさそうに微笑むと、レイは大きなバッグを隣のスツールにドサリと置いた。

「相変わらずデカい荷物ね。ロッカーがあるんでしょ?」
「ほとんど洗濯物よ。さすがに洗濯機まではないもの。最低でも午前と午後で着替えるから結構な荷物になるのよ」

ジェイは野菜をたっぷり巻き込んだトルティーヤが乗ったお皿をレイの前に置くと、
「ワインは?」と聞いた。
「そうね……、辛めの白はある?」
「オーケイ、白の辛口ね」
ジェイはワインクーラーからボトルを取り出し、栓を開けると、ワインをグラスに注いだ。

「どう、最近は?」
ジェイがグラスをレイの前に置きながら聞いた。
「どうって……、別に何もないわ。いたって普通よ」
そう言うと、レイはワイングラスを手に取った。

「普通、ね。……好きな人とか、いないの?」

ジェイの言葉に、レイは一瞬グラスを持つ手を止めたが、すぐにワインを一口飲むと
「……いないわ。そんな人」と言った。
「あーら、そうなの。つまらないことね」
「……つまらなくなんかないわよ。むしろ、楽だわ。恋愛なんて辛いだけよ。心の中がざわつくのなんてもうゴメンよ」
少し憮然としながらレイが言うと、ジェイが呆れたように
「ったく、まだアレックのことを引きずってるわけ?あんな男ばっかりじゃないわよ、世の中は」と言った。
「アレックのことなんて、もうどうも思ってないわ。ただ、私は自分が愛されるタイプの女じゃないって知ってるだけ。私に愛を誓ってくれるのは舞台の上の王子様くらいよ」
「何言ってるのよ。世の中の男があなたのよさを知らないだけよ!」

ジェイの言葉にレイはクスリと笑うと
「そう言ってくれるのは、あなたくらいだわ」と言った。

「……で、レイ、アレックじゃなきゃ、あなた何を忘れようとしてるの?」と聞いた。

その言葉に、レイがわずかに表情を変えた。

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