2章 春の風 1 -出会いの予感-

もうひとつのジゼルの物語-東京編-,2章 春の風

Chapter2 春野風

レイがデジタル・ウエーブ・インターナショナルのスタジオ事業部に入って3ヶ月が経とうとしていた。

4月の初め、スタジオの窓からは桜の花がとても美しく見えており、時折、レイはその美しい桜を窓からうっとりと眺めていた。

この日、午前のレッスンに出たレイは1階のオフィスに戻り、レッスン着から淡いグレーのパンツとシャンパン色をしたコットンカシミアのアンサンブルに着替えた。シニヨンに結っていた髪を下ろすと、柔らかくウェーブのかかったダークブラウンの髪を再び軽く束ね、千夏の向かいのデスクに戻った。

「おつかれさま。どうだった?」
「ついていくだけで精一杯よ。1年近くまともに踊っていないのよ」
「精一杯なんて、元ソリストが何言ってるのよ」千夏がからかうように言った。
「やめてよ、もうあの頃とは違うわ」
レイは苦笑いしながらラップトップを開くと、メールをチェックした。
「レイ、お昼はどうする?外に行くの?」
「そうね。今日はそこのカフェで買って来るわ」
「じゃ、屋上で一緒に食べましょ。私はお弁当だから」

時計が12時を少し過ぎた頃、レイはデスクを立つと財布と携帯電話を持ち、近くのカフェでサンドイッチを買おうとスタジオを出た。エントランスに出ると、ちょうど社長の里中が開発事業部のオフィスから人を連れて出てきた。

里中に軽く会釈をした次の瞬間、レイの視線と彼が連れている男の視線が絡み合った。それは一瞬、ほんの一瞬だったが、レイの心臓は射抜かれたようにドキリと音を立てた。

「ああ、瀧澤君、おつかれさま。これからお昼?」

里中の声にレイは我に帰った。社内の公用語は英語だったが、里中は、日本語の話せるスタッフには日本語で話していた。

「ええ、そこのカフェに……」
「そうか。あそこなら、特にサーモンのベーグルサンドがおすすめだよ。ニューヨークのベールグと同じ味がする」
そう言った後、彼は思い出したように
「ああ、彼は今月からうちのコンサルティングをやってくれる嶋田君」と彼を紹介した。
「彼女はスタジオ事業部の瀧澤さん。ダンサーだよ」
 嶋田は「嶋田です。お世話になります」と言った。

ダークブラウンの髪にグリーンがかった瞳、どこからどう見たって外国人の彼が、丁寧な日本語で挨拶するのは少し妙な感じだった。

「まあ、私も人の事は言えないわね」と心の中で思いながら
「はじめまして。瀧澤です」と返した。

里中が「じゃあ」と言いながら出口へ向かった。嶋田は軽く会釈すると、里中と一緒に春の光が立ちこめる通りに出て行った。

レイの心臓はまだドキドキとしていた。
『嶋田』と言っていたから、ハーフだろうか?長身で、整った顔立ちをしていた。
「いやだ、私ったら……。ドキドキしちゃって」

少し自分に呆れながら、レイは外に出た。

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