7章 Patlic 5 -エドの秘密-

7章 Patlic

chapter7

エドはカウンターの奥に座ると、いつも通りスコッチのロックを注文した。

「どうしたの、エド?なんだか冴えない表情して。ま、そんな表情もクールだけど」「何でもないよ。……ただ、」
「だだ、何?」ジェイはエドの言葉を繰り返した。

エドは、少しの間考えるようにしていたが、思い直すように
「いや、いいよ」と首を横に振った。

「何よ?気になるじゃない」
ジェイが言うと、エドはためらいながら
「……瀧澤さんの、事なんだけど」と言った。
「あら?何か気になっている事でもあるの?」

ジェイがニヤリとして聞いた。

「昨日、偶然彼女が踊っているのを見たんだ。いつもは閉まっているスタジオのブラインドが開いていて」
「まあ、それはよかったわね。滅多に見られないわよ。彼女がそんな風に踊っているところなんて」

「ロミオとジュリエット……」
ジェイの明るい声のトーンと対照的に、エドは呟くように言った。

「ロミオとジュリエット?」
「バルコニーのシーンを男性と、踊っていてね……。僕がちょうど会社に行ったときも、彼と親しそうに話していたから……」
「……つまり、レイとそのダンサーの関係が気になるわけね?」
「いや……。だから……」
エドはごまかすように、曖昧に答えた。ジェイは一息つくと、

「多分、パトリックよ。彼女達の友人でね、今月、あそこで講師をするんですって」と言った。

その言葉に、少し安心した表情をすると、エドは
「じゃあ、彼は現役のダンサー?」と聞いた。
「ええ、今はシカゴのバレエ団でプリンシパル。たまにABTにも客演してるわよ」「……なるほど、ね。華のあるダンサーだなと思ったから」

エドがそう話すと、ジェイは少し驚いたように
「エド、あなたってバレエに詳しそうね」と言った。
するとエドは、ふと我に返るようにした後、少し慌てて
「いや、それほどでもないよ」と言った。
「でも、さっきだって、ロミオとジュリエットって言ってたでしょ?少し見ただけで何を踊っているか分かるなんて。もしかして相当なバレエファンなわけ?」

エドは少し迷った後
「君だから話すけど……、子供の頃に少し、やっていたから」と言い辛そうに答えた。

「えっ、やっていたって、バレエを?!あなたが?」
ジェイが驚いて目を丸くした。

「母の希望でね……。ロイヤルバレエスクール(RBS)でずっと。と言っても中等部までだけど」
「ロイヤルって……。あなたプロ志望だったの?」
「当時はね……」
エドは恥ずかしそうに言った。
「どうしてやめちゃったの?勿体ない」
「父が、僕が踊りを踊ることに大反対で、母が亡くなった時に半ば強制的にやめさせられたんだよ。情けない事に、当時の僕にはどうにも出来なくてね……。でも、今思えば、それほどの情熱が僕にはなかったのかもしれない」
「それで、やめちゃったの?すっぱりと」
「いや、RBSをやめてからは趣味で。今も時間のある時にクラスは受けに行くよ。こっそりね」
「DWIには?」
ジェイが聞くと、エドはとんでもない!という顔で
「まさか!いくらなんでも行けないよ」
「あら、どうして?まさかレイに見られるのが恥ずかしいとか?」
「……ジェイ、僕だって好きな人にみっともない姿は見られたくないよ」
エドは苦笑いしながら言った。
「みっともないなんて!私は見てみたいわねぇ、あなたが踊ってるの」

ジェイが好奇心いっぱいの目をして笑うと、エドは少し困った表情をしながら
「皆にはこのことは……、特に瀧澤さんには言わないでほしいんだ。頼むよ」と言った。

「あなたが自分で話さないことを他の人に言ったりしないわ。安心して」
エドはジェイの言葉に安堵の表情をすると、ロックをひと口飲んだ

「瀧澤さんも……、彼女もとても優雅で美しい踊りをするね。どうしてプロとして舞台に立っていないのか不思議だよ」
「あらエド、あなた知らなかったの?」ジェイは目を見開く様にして言うと
「あの子、ABTのソリストだったのよ」と続けた。
「ABTのソリスト?」
「そう。彼女、プリマ候補だったのよ、あれでも」
「……なのにどうして、退団を?」
驚きの混じった声でエドが聞いた。

その時だった。店のドアが開き、レイと千夏、そしてパトリックがにぎやかに話しながら店に入ってきた。

「ジェイ、パトリックを連れて来たわよ!」

ジェイはエドに
「あ、そうそう、言い忘れたけど、パトリックがレイのことをどう思っているかについては責任もてないから」と早口で言うと、その場を離れた。

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7章 Patlic

Posted by Marisa