6章 Edward 5 -ルイーズ・バークスフォード-

もうひとつのジゼルの物語-東京編-,6章 Edward

Chapter6

土曜の夜、エドが少し浮かない顔をしてKINGSに現れた。

「あら、どうしたの?何だかお疲れ気味じゃない?」
「忙しくてね、最近」
「もしかして、今日も仕事だったの?」
「まあね」
「大変なのね。あなたの仕事って」
「今の案件が終ると少しは楽になる予定だから、それまで頑張るしかないよ」
エドは読みかけの本をカウンターに置き、スツールに腰掛けた。ジェイはいつものようにグレンフィディックのロックを作ると、それを彼の前に差し出しながら
「で、その後、気になる彼女とはどうなのよ?」と聞いた。
「特に何も……」
「あらそうなの。それは残念だわ」
そう言うと、ジェイにしては珍しく、それ以上は突っ込まずにその場を離れた。エドは小さくため息をつくと本を開いた。

ジェイは彼の様子から、レイが連絡をしていないのだと思った。エドが浮かない表情をしているのは忙しさだけではなく、レイから何のレスポンスも無いからだろう。

エドはエドで、自分の行動が軽率だったのだろうかと考えていた。殆ど話した事もなかった彼女をいきなり誘った上に、プライベートの名刺まで渡してしまった。せめて、会社の名刺にすべきだったのか……。自分では思い切ったつもりが、彼女にしてみれば困惑するだけの事だったのかもしれない、と。毎日、数多くのメールを処理するが、この2日間、こんなにも誰かからのメールを待ち遠しいと思った事はなかった。

「さっきからずっと同じページを読んでるのね」
突然、ジェイに声をかけられたエドは、ビクリとして顔を上げた。

「ねえ、エド、ひとつ聞いていい?」
「えっ、ああ……」
「ルイーズ・バークスフォードって人を知ってる?」
思いがけない人物の事を聞かれたエドは、少し驚いた顔をして
「ルイーズ?」と確認するように言った。
「イギリス人の知り合いが、捜しているのよ。いいところのお嬢様だったらしいから、あなた知っているかと思って」
「バークスフォード家の?……その人なら僕の叔父さんの婚約者だった人だ。確か、外国人と恋をして駆け落ちしたとか……。でも、彼女はもうずっと昔に亡くなっているよ」
「……まあ、そうだったの」
「当時はひと騒動あった有名な話だよ。彼女は絶縁されて、二度と家には戻ってこなかったって。もっとも、僕は小さかったから覚えていないけど」
「で、婚約者に逃げられたあなたの叔父さんは?」
逃げられた、と言う言葉にエドは苦笑いをして
「今は幸せに暮らしているよ」と答えた。
「あなたは、叔父さんを裏切って駆け落ちしちゃった彼女を、どう思う?」
「どうって……、彼女は自分に正直な人だったと思うけど。そりゃ、悪く言う人もいるけど、僕はそうは思わない。叔父との婚約だって家同士が決めたものだし、それ自体が不自然だよ。好きでもない相手と家のために結婚など」
「そうね、そうだわね。ああ、そうだ。彼女には娘さんがいたらしいんだけど……」
「さあ……。彼女に娘がいたかどうかは……。いても不思議じゃないけど、聞いたことはないよ」
「……そう、ありがとう」
そう言って、ジェイはその場を離れた。

スポンサーリンク