6章 Edward 2 -誤解-

もうひとつのジゼルの物語-東京編-,6章 Edward

Chapter6

そこは、カジュアルなイタリアンレストランで、さすがにランチ時とあって混み合っていた。二人は、5分ほど待たされた後、テラス席に案内された。ちょうど木陰になっていることもあり、まだそれほど暑さが厳しくない7月のオープンエアは、とても気持ちがよかった。

嶋田は上着を脱ぐと、すぐ横の椅子に少し無造作に掛けた。上質なサマーウール素材の上着には“ハケット”のタグがチラリと見えた。レイはそれを見て、
(なんとなく彼らしいわね、ブリティッシュ・ブランドがお好みだなんて)
と思った。

2人はパスタランチを注文すると、「お昼時だから賑やかだ」とか「気持ちのいいお天気だ」という当たり障りのない会話を続けたが、途中、会話が途切れてしまった。

それは、ほんの短い間だったが、少しばかり緊張していたレイには、とても長い時間に感じられ、何を話してよいのか分からなかった。

やがて、彼が口を開いた。
「あの会社にはもうずっと?」
「いいえ、まだこの春に入ったばかりで……。嶋田さんは、日本はもう長くいらっしゃるんですか?」
「いや、まだ1年も経っていないですよ。去年の9月に来たばかりだから」
彼はグラスの水を一口飲むと
「昨日は、驚かせてしまって、すみません」と言った。
「いいえ、私のほうこそ、失礼な行動をしてしまって……」
レイが申し訳なさそうに言う。
「いや、驚かせたのは僕の方だから……」
ちょうどそのとき、ウェイターが注文したランチをテーブルに持って来た。レイはウェイターに「ありがとう」と言うと、目の前に置かれたお皿を見て
「おいしそうね」とフォークを取った。

嶋田はパスタをフォークで巻きながら
「あそこに来るのは、ごく限られた範囲の人間ばかりだから……、まさかあそこで瀧澤さんに会うとは……」と言った。
「メンバー制だし、ジェイやアーロンの知り合いが殆どですものね。……私だって、まさかあそこで嶋田さんに会うなんて思わなかったわ。クリエイティブ業界が殆どの、あのメンバーの中じゃ、嶋田さんは異色ですもの」
「クライアントから紹介されたデザイナーがジェイの知り合いで、最初は彼に連れられて行ったんです」
「ああ、それって、もしかしてマシュー?イギリス人の」
レイがフォークを持つ手を止めて言った。
「そう。いつも花柄のシャツを着てる」嶋田が笑顔で言うと、レイは
「彼、花柄が好きなのよ。ものすごくね!彼の仕事場は見た?花柄だらけで女の子の部屋みたいよ」と笑った。

きっと嶋田は、昨日、自分を驚かせてしまったことを気にして、誘ってくれたのだと思った。それ以外に、彼に誘われる理由に心当たりが無かった。

それでも、レイの心の中はとても軽く、午前中の重い気分が嘘のようだった。しかし、隣のテーブルについた巻き髪の若い女性グループを見た瞬間、立川安紗美を思い出し、楽しい気持ちに陰りを落とした。

「……でも、なんだか、悪いわ」
レイが遠慮がちに、呟くように言った。

「何が?」
「立川さんに……」
「立川さん?」嶋田が、にわかに表情を変えた。

それを敏感に感じ取ったレイは、少し戸惑いながら
「ごめんなさい。プライベートな事を言うつもりはなかったんです。つい、気になったものだから……」と言った。

嶋田は、小さくため息をついた。

「それはもしかして、僕が彼女と付き合っていると言う話ですか?」
「ええ……。本当にごめんなさい。余計な事言ってしまって……」
レイが恐縮しきって言っていると、そこにウェイターがコーヒーを持ってやって来た。彼はコーヒーをテーブルに置くと、手際よく空いたお皿を下げた。

嶋田は、彼が行ってしまうと
「それなら、瀧澤さんが気にする必要など、少しもありませんよ」と言った。

レイは、“自分たちが付き合っている事に対して、他人が気を使う必要などない” という意味と捉え
「そうね。私が気にする事では……」と小さな声で言うと、いたたまれない気持ちで視線をコーヒーカップに落とした。

嶋田は彼女が自分の言った言葉を誤解していると分かると
「いや、そういう意味ではなくて……。僕は彼女と付き合ってなどいませんよ。確かに、彼女とは何度かカフェで会ったけれど、それは約束してのことではないです。立川さんがイギリス旅行に行くから教えて欲しい事があると言って僕のいたカフェに来た。それを見た人が誤解した。だから、瀧澤さんが事実ではない事を気にかける必要はない、という意味です」と続けた。

レイは、少し驚いた表情をしたが、やがてその表情は安堵の表情に変わった。

「……そうだったの。私はてっきり。彼女、嶋田さんに夢中だったから」
「気持ちはありがたいけど、残念ながら、彼女の気持ちには応えられないよ」
そう言うと、嶋田はコーヒーを飲んだ。

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