6章 Edward 1 -思いがけない誘い-

もうひとつのジゼルの物語-東京編-,6章 Edward

Chapter6-1

昨夜は、よく眠れなかった。突然、嶋田と出くわしたせいなのか、彼を思うと、どうしようもなく心が波立ち、切なかった。

ジェイに楽しいことを考えろと言われたばかりなのに、とレイは思った。

寝不足のまま午前中の仕事を終え、レッスン着の上にジャージ素材のパンツを穿くと、薄手の白い七部袖のパーカーを羽織った。そのパーカーはスタジオオリジナルのもので、胸元に『DWI DANCE STUDIO』のロゴがグレーで小さくプリントされていた。

わずかに光沢のある濃紺のパンツは、レオタードに施されたトリミングの色と揃えて買ったもので、脚のラインをとても美しく見せてくれるものだった。

レイは、携帯電話や財布の入ったエスニック柄の小さなバッグを持つと、お昼を買いに出ようとした。

「あら?めずらしいわね、着替えずにそのまま出かけるなんて」
千夏が少し驚いて声をかけた。
「なんとなく今日は面倒くさくて……。変?」
苦笑いしてレイが答えた。
「全然!私なんていつも、そんなでランチを買いに出かけてるじゃない」
そう言うと千夏は「いってらっしゃい」とヒラヒラと手を振った。

レイがオフィスから出ると、ちょうど制作部のオフィスから嶋田が出てくるところだった。ドキリとして一瞬立ち止まったが、すぐに気づかない振りをして通り過ぎようとした。

「瀧澤さん」嶋田が日本語で声をかけた。

思いがけず声をかけられたレイは、ビクリとして立ち止まった。心臓がドキドキしていた。
彼は「こんにちは」と挨拶をした後、「これからお昼ですか?」と聞いた。
「え、ええ……」レイは自分の心臓の音が聞こえやしないかと思いながら答えた。
「ご迷惑でなければ、一緒にどうですか?」
「えっ?」

突然の誘いに、レイは彼の言葉が、本当に自分に向けられたものなのか、にわかに信じられなかった。思わず、周りをぐるりと見渡したが、エントランスにいるのは自分と嶋田だけだ。

「私と、ですか?」レイが確認するように聞くと
「もし、よかったら……」
嶋田は、少し遠慮がちに言った。

その言葉が、まだ信じられないレイは目をぱちくりさせた後、

「ええ……、もちろん。私でよければ」と答えた。
そして、そう言った後、初めて自分がレッスン着の上にジャージとパーカーという格好だと言う事を思い出した。髪も結ったままで、メイクもしていない。あまり彼に見られたい格好ではなかった。

スーツ姿の彼と並ぶと、あまりにもちぐはぐで、レイは心配そうに
「あの、でも……、こんな格好でも?」と聞いた。
嶋田は、一瞬、きょとんとした顔をすると、柔らかい表情で
「ダンサーらしい格好では?」と言った。
レイはその言葉にホッとして、少し恥ずかしそうに笑った。

嶋田は、「この近くに、なかなかいい店があるんですよ」と言ってレイを促し、会社を出た。

彼らが出て行ったエントランスホールの渡り廊下には、不安げな表情で2人の姿を見送る立川安紗美の姿があった。

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