6章 Edward 8 -メッセージ-

6章 Edward

Chapter6

10時を過ぎた頃にエドが店を出ると、ジェイはレイに電話をした。土曜の彼女は、仕事が終わった後、大抵どこかのオープンクラスでレッスンを受けている。そろそろ、それが終る頃だ。

「レイ、私よ。今どこ?もう終った?」
「ハイ、ジェイ。今レッスンが終ったところよ」
「じゃ、ちょうどいいわ。店に寄りなさいよ」

「でも、今日は……」

少し考えるようにしてレイが答える。レイは土曜にはエドが店に来ているということを知っている。

「残念ながらエドはさっき帰ったけど」
ジェイがからかうように言うとレイは
「……ジェイ!私は疲れたからどうしようかなって言ってるの」と少し怒ったように言った。
「まあいいから、寄りなさいよね。じゃっ」
ジェイはレイの返事を待たずに一方的に電話を切った。

11時近くになって、レイは店に現れた。
「ジェイ、今日は何よ」少し仏頂面でレイは言った。
「そんな顔しないで、ほら座りなさいよ」
「疲れてるのよ、今日は。あの先生のレッスン、きついのよね……」
そう言いながら、レイはいつものカウンター席に座った。
「何か飲む?」
「今日はやめとくわ」
「で、彼にはメールしたの?」
ジェイが出し抜けに聞いたので、レイは一瞬、何のことか分からず、きょとんとした表情で
「えっ、メール?」
と聞き返した。
「だから、エドにはメールしたのかって聞いたの」
「ああ、そのこと、ね……。だってそれは……」
レイは、ジェイから目線を外すと、ごまかす様に言葉を濁した。
「やっぱり。ダメじゃない」
「ダメって言われても……」
「まったく……。エドの名刺は?見せて。持ってるでしょ、もちろん」

レイは、仕方なさそうに手帳に挟んであった名刺を取り出した。

ジェイはそれを手に取ると
「携帯のアドレスまで載ってるじゃない。今から送りなさいよ」
「そんな、急に言われても……」
「アドレスを教えてもらったら、こっちも教えるのが礼儀でしょ?」
「そりゃ、そうかもしれないけど……」
「ほら、携帯出して!」促すように指でカウンターをコツンと叩いた。

レイが渋々携帯電話を取り出すと、ジェイはレイの手から、さっとそれを取った。

「ちょっと!ジェイ何するの?!」
ジェイは名刺を見ながら、レイの携帯を操作してアドレスを入力した。
「あなたが送れないなら、私が適当に打っておくってあげる」
「やめてよ!自分でやるわよ、自分で」

そう言ってレイはジェイの手から携帯を奪い返すと、何かを入力し始めた。
ジェイはニヤリと笑うと、その画面を覗いた。

「ちょっと、どうして日本語で打ってるのよ?!」

「えっ?……どうしてって、彼とは日本語でしか話した事ないもの」
「何よそれ?!あなたたち、2人とも英語が母国語でしょ?」
「そうだけど……。英語で話した事ないわよ、一度も」
あっけらかんとしてレイが言う。
「変!変よそれ!そりゃ、あなたたちは日本語もネイティブ並みだろうけど……」
「もう、いいじゃない、どっちだって」
憮然としながらレイはメールを打ち続けた。ジェイが再び画面を覗くとそこには丁寧な日本語が並んでいた。

DWIの瀧澤です。先日はありがとうございました。
なかなかメールできなくてごめんなさい。
また機会がありましたらよろしくお願いします。
瀧澤

「で、これをエドに送るわけ?もっとこう……」
「いけない?」
「いけないわけじゃないけど……、ビジネスライク過ぎない?せめて最後の、その瀧澤っての何とかならないの?」
「そんな事言ったって……彼は一応、会社関係で……」
「“レイ”、でいいじゃない。瀧澤なんて固いわよ」
「日本語の感覚だと、親しい間柄じゃないのにファーストネームなんて、何だか馴れ馴れしいわよ」
「だったら、英語で送りなさいよ」
ジェイの言葉に、レイは渋々『瀧澤』に『レイ』を付け加えた。
「さっ、送信、送信!」
ジェイが言ったが、レイはなかなか送信ボタンを押さない。
「ほら、何やってるのよ。何なら送信してあげるわよ」
じれったそうにジェイが言う。
「いいわよ!自分で送るわ」
レイはそう言うと、少し緊張した表情で送信ボタンを押した。携帯の画面にはやがて送信完了のメッセージが表示された。

たったこれだけのことで、レイの心臓はドキドキしていた。

「……送っちゃった」
はあーと息を吐くと、レイはカウンターに突っ伏した。

「どうしよう……」

小さく呟くレイに、ジェイは
「あなたにしちゃ上出来よ」と言った。
「……ジェイ、やっぱりお酒ちょうだい」
「今日は飲まないんじゃなかったの?」ジェイは横目で突っ伏したレイを見ながら言う。
「いいの。やっぱり飲む。ジントニック」

ジェイはしょうがないわね、という顔をすると、言われた通りジントニックを作り始めた。レイはカウンターに突っ伏したままだ。
そして、ジェイがジントニックのグラスをレイの目の前に「はい、どうぞ」と置いた時だ。
レイの携帯電話が鳴った。

それはメールの着信を知らせるものだった。

レイは弾かれるようにしてカウンターから顔を上げると、携帯電話を開いた。
そこには嶋田のアドレスが表示されていた。
それを見た瞬間、心臓が飛び出しそうなくらいドキリとした。携帯電話を持つ手が、すこし震えているのが自分でもわかった。

「あら、エドから?早いわね」

「ダメ……、見られない。ジェイ、あなたが見て……」

「何言ってるのよ。合否通知じゃあるまいし、自分で見なさいよ」
「ダメ。怖くて見られない……」
「何が怖いのよ。すぐに返事をくれるってことは、いい返事に決まってるじゃない!」

レイは、じっとジェイの目を見た。

「もう、しょうがないわね。そんな目で見ないでよ」
ジェイは、仕方なさそうにレイの携帯を手にすると受信したメールを開いた。無言でそれをチェックすると、レイの方をチラリと見た。
レイは、心配そうな顔をしてこちらを見ている。

「短いメールだけど、いいんじゃないの?彼らしくて」

レイは、ジェイから携帯を受け取ると、ドキドキしながら画面を見た。

メールをありがとう。
色々と話が出来て楽しい時間を過ごせました。
またご一緒しましょう。
エド

レイはしばらくその画面を見ていたが、黙って携帯を閉じると、急に不安そうな顔をして
「……バカね、私。こんなことしたって、どうしようもないのに。自分が何者か忘れているわ」と言った。
「何を言ってるの、あなたが何者かなんて、どうでもいいじゃない。何度も言うけど、大事なのはあなたの気持ちでしょ!」
ジェイが呆れたように言う。
「でも……」
「いい?悩んで解決できることなら、いくらでも悩んでもいいわ。でも、あなたの言っているのは悩んだって何の解決にもならないことでしょ?どうにもならないんだから、気にするのはやめなさい」
「そんな事言われも……」
レイがため息混じりに言いながら、ジントニックを飲んだ。

「いい加減、自分で自分に呪いをかけるのはやめなさい。わかった?」

ジェイが、少し強い口調でレイを見据えて言うと、レイは何も言い返すことができず、目を伏せた。

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6章 Edward

Posted by Marisa